第185話 吸血鬼の薬

「うがぁっ!!」

「くぅっ!?」



瞬脚を利用しても追いついてきたアリスラに対してレノは荒正で双剣を受けるが、あまりの威力に身体が壁際まで吹っ飛ばされる。並の獣人族の腕力ではなく、まるで巨人族級の怪力だった。


壁に衝突する際に咄嗟にレノは掌を背中に回して付与魔術を発動させ、風圧を発生させて勢いを殺す。どうにか態勢を整えようとするが、アリスラは既に跳躍して上空から切りかかる。



「がああっ!!」

「くぅっ……このぉっ!!」



上空から双剣を振り下ろしてきたアリスラに対してレノは咄嗟に前方へ向けて飛び込み、刃が当たる前に回避に成功した。現在は退魔のローブは身に付けておらず、普通の衣服しか来ていないため、斬り付けられたら終わりだった。



(あの変な薬を飲んでから動きが身体能力が一気に上がっている……だけど、反面に理性を失っているみたいだ)



アリスラは先ほどから獣のような咆哮を放ちながら攻撃を仕掛け、その動作はまるで人間というよりはコボルトなどの二足歩行の魔獣に近い。コボルトと違う点は武器を扱う点だが、動きがは早すぎてレノは逃げ回る事しか出来ない。



(どうすればいい!?何か方法は……)



レノはアリスラから逃げ回りながらも打開策を探し、何か使える者はないのかを探す。その様子を見ていたカトレアは笑みを浮かべ、彼女は胸元に指を伸ばすと、胸の谷間から薬瓶を取り出してレノに放り投げる。



「これ、あげるわ~」

「うわっ!?」

「があっ……!?」



突然に薬瓶を投げつけられたレノは反射的に受け止めると、それを見たアリスラの動きが泊まる。薬瓶を掴んだ途端にアリスラは何かを察知したように身体の動きを止め、その様子を見てレノは戸惑うとカトレアが説明してくれた。



「その薬はね、私の血液を配合した特別な薬なの。普通、人間が吸血鬼の血を飲めば身体が無事では済まないんだけど、ちょっと特殊な薬草を組み合わせると一時的に筋力を強化させて興奮状態に陥る薬に変化するのよ~」

「じゃあ、まさか試合に出ていた選手がおかしかったのは……!!」



カトレアの言葉にレノは薬瓶に視線を向け、先ほどの試合に出場していたダイゴとマモルの様子がおかしかったのはこの薬を服用されたからだと知る。アルトの推察では吸血鬼が関わっているという話だが、彼の予想は間違ってはいなかった。


アリスラの様子がおかしくなったのも薬の影響らしく、これを飲むと一時的に理性を失う程に興奮状態に陥るが、反面に筋力が大幅に強化される効果を持つらしい。その薬瓶を敵である自分にカトレアが渡した真意が掴めず、レノは問い質す。



「そんな物を……どうして俺に渡す!?」

「だって、このままだと貴方は殺されるわよ~?その薬を飲めばアリスラちゃんにも勝てるかもしれない、そう考えたら飲んでみるのも悪く無いんじゃない~」

「誰がこんな物……」



薬瓶を握りしめたレノは反射的に投げ捨てようとするが、ここである事に気付き、薬瓶を覗き込む。先ほどのダイゴとマモルの様子を思い返し、同じ薬を仕込まれていたにも関わらずに二人の状態は微妙に異なっていた。



(確か、ダイゴは試合で3連勝、対戦相手のマモルは5勝1敗と言っていたはず……つまり、マモルの方が試合に多く出ているとしたらこの薬を使用する機会が多かったのか?)



ダイゴよりもマモルの方が興奮状態で兵士に拘束されていなければ試合場に連れていく事も出来なかった。つまり、この薬を使用すればするほどに状態が酷くなる可能性もある。山暮らしの時にダリルも薬草を利用して薬を作っていた事もあり、彼から多少ではあるが薬学の知識をレノも教わっていた。



(この薬を飲むのは絶対にまずい!!かといってアリスラを倒す手段なんて……待てよ、そうだこれを使えば!!)



レノは荒正を口にくわえると薬瓶の蓋を開き、その様子を見ていた者達はまさか本当にレノが薬を飲むつもりなのかと驚いたが、瓶を開けたレノは薬の中身を荒正の刃へと注ぐ。刀身に血液のように赤色の液体が滴ると、それを見ていたカトレアとアリスラは意味が分からずに眉をしかめる。



「……何のつもり?そんな事をしても何か意味があるの?」

「意味は……ある!!」

「レノさん、何を!?」



アリスラに向けてレノは剣先を構えると、机をどかしてやっと起き上がったドリスはその様子を見て戸惑う。アリスラもレノが何をするつもりなのかと警戒すると、そんな彼女に対してレノは魔法腕輪の風属性の魔石から魔力を引き出す。


自分の魔力だけではなく、風属性の魔石から魔力を引き出したレノは刀身に風の魔力を集中させて、やがて刃を纏う「竜巻」を生み出す。その結果、竜巻を纏った刃に注がれていた薬の液体は竜巻に吸い込まれ、レノが突き出した瞬間に前方へ向けて拡散した。



「嵐突き!!」

「がああっ!?」

「きゃあっ!?」

『うわぁあああっ!?』

「ひいいっ!?」



刃を繰り出した瞬間に剣に纏っていた竜巻が拡散し、この際に竜巻に含まれていた液体も周囲へと飛び散る。その結果、強烈な風圧によって飛び散った薬液が周囲の人間へと襲い掛かり、咄嗟に傍に存在した机に身を隠したドリス以外の者に襲い掛かる。

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