第180話 ネズミと黒蛇

「あの男はどれくらい強いんだい?」

「……噂によるとあの男の義手は只の義手じゃない。魔道具の一種だと聞いている」

「魔道具、ですの?それはどのような効果を持っているのですか?」

「アリスラから聞いた話だと、炎を纏ったと言っていた。前にアリスラがゲイツとやりあう機会があったらしいけど、かなり苦戦させられた相手らしい」

「アリスラというと、あの女剣士の……なら、彼女よりも強いんですの!?」



アリスラの強さはドリスも知っており、その彼女でさえもゲイツを倒す事が出来なかったというだけで十分に脅威は伝わった。ゲイツは特に武双はしているように見えないが、右腕の義手が魔道具ならば油断はできない。



「ふむ……あの男が離れた隙に扉の奥へ入りたいが、今の状況だと難しいな……他の人間の目もある、何か手を考えなければならないな」

「あのゲイツという男に弱点はありませんの?」

「……聞いた事がない」

「となると、やっぱりあの手段を利用るしかないか」



レノは周囲に気を配り、誰にも見られていない事を把握すると、ここでアルトから預かっていた収納鞄から小袋を取り出す。レノは他の者に視線を向けて頷き、万が一の場合を想定してネズミ婆さんから駆り出してきた助っ人を繰り出す。



「リボン、頼んだよ」

「チュチュイッ」



机の下にてレノは小袋を開くと、中からリボンが顔を出すと外へ飛び出す。そこから先はリボンは観客席の貴族が座っている最前列の席へと向かい、食事中の貴族の机の上に姿を現す。



「チュチュウッ!!」

「うわっ!?ね、ネズミ!?」

「ぎゃああっ!?ど、どうしてこんな場所にネズミがいるざますのっ!?」

「おい、この店では料理にネズミを出すのか!!責任者を出せ!!」

「お、お客様、落ち着いて下さい!!」



リボンは派手に机の上を駆け巡ると、その姿を見て貴族達は悲鳴を上げる。大半の貴族は綺麗好きなため、ネズミを見ただけで意識う失う者も現れ、中には店員や兵士に文句を付ける者もいた。


次々と貴族が席に付いている机の上に移動を行い、派手に卓上を荒らしまわるリボンに兵士が慌てて駆けつける。彼等はリボンを捕まえようとするが、ネズミ婆さんから鍛え上げられたリボンは簡単には捕まらない。



「くそっ!!逃げるな!!」

「そっちにいったぞ!!」

「早く捕まえろ!!」

「チュチュチュッ!!」



兵士達が必死になってリボンを捕まえようとするが、その際に勢いあまって机に突っ込む者も存在し、卓上の料理を貴族の客にぶちまける事になった。



「いやあああっ!?ふ、服にスープが……」

「貴様、よくも私の家内の服を汚したな!!」

「も、申し訳ございません!?」

「おい、何をしているんだ!!上客に迷惑を掛けるな!!」



騒動を見ていられずに店員と兵士だけではなく、店内に存在した傭兵も集まり始める。その中には扉の前で見張っていたゲイツも存在し、彼はリボンを捕まえようと他の者を蹴散らしながら後を追う。



「退け!!俺が捕まえる!!」

「す、すいません!!」

「馬鹿者共が……!!」



ゲイツが他の者と共に逃げ回るリボンを捕まえようとすると、扉を警備する人間がいなくなり、絶好の好機だった。すぐにレノ達はネココに視線を向けると、彼女は頷いて行動に移った。


気配を限りなく殺して他の人間に気付かれないようにネココは移動すると、扉の前に移動して取っ手に手を伸ばす。鍵は施されていなかったらしく、彼女は扉を開く事に成功するとレノ達へと振り返る。



「どうやら開いているようだね、僕の事は気にせずに先に行ってくれ」

「アルトはどうするの?」

「僕が付いて行っても足手まといになるからね……他の客に紛れて上手く逃げるさ」



リボンが引き起こした騒動で気分を害した貴族の客は急ぎ足で賭博場の出入口の扉へと向かい、彼等に紛れてアルトは退散する事にした。



「全く、最悪だわ!!」

「ネズミが出るなんて何て店だ!!」

「二度と来るか、こんな場所!!」

「全く、その通りですね……こんな場所、来たのが間違いですよ」

「も、申し訳ございませんでした!!」



貴族の客に紛れてアルトは上手く出入口の扉を潜り抜け、この際に店員が平謝りで彼を見送る。アルトが怪しまれずに抜け出す事に成功すると、残されたドリスとレノは頷き、ネココの後に続いて二人も扉の方へ向かう。



「リボンちゃんが注目を集めているうちに行きましょう!!」

「うん、早く行かないと……うわっ!?」

「二人とも、危ないっ!!」



レノとドリスが扉へと移動しようとした時、床から黒色の鱗で覆われた蛇が数匹出現してネココは二人に注意する。慌ててレノとドリスは身構えるが、黒蛇の目的は二人ではなく、騒動を引き起こしたリボンの元へ向かう。


事前にネズミ婆さんから彼女の飼育しているネズミ達は蛇を本能的に怖がり、相対するとまともにいう事を聞かなくなるという言葉を思い出す。店内に現れた黒蛇は間違いなくジャドクの飼育している黒蛇であり、兵士と傭兵から逃げ回っているリボンの元へ迫る。

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