第179話 吸血鬼の能力

「ひ、酷すぎますわ。何もあそこまでしなくても……」

「仕方ないさ、恐らくは殺した本人も理性を失って自分が何をしているのも理解していないんだ。責めるのは酷だよ」

「……どういう意味?」



ドリスはマモルの行動に信じられない表情を浮かべるが、そんな彼女にアルトは首を振り、彼はダイゴとマモルの様子を見てある結論に辿り着く。



「あの二人は操られていた。恐らく、犯人はあの吸血鬼の彼女だろう」

「えっ……それって、あの兎の耳みたいなのを付けている?」

「その通りだ。ほら、あれを見てくれ……あんなに興奮していたマモルが大人しくなっているだろう?」



アルトは試合場を指差すと、マモルの元にバニーガールの女性が近付くと、彼女は何事か耳元に呟く。すると、マモルは先ほどまでの態度と一変して大人しくなり、兵士達がすぐに鎖で拘束を行う。



「さっさと連れて行きなさい、次の試合が始められないでしょ?」

「は、はい!!」

「ほら、こっちにくるんだ……」

「ああっ……」



最初の時と比べてマモルは鎖で拘束されても暴れる様子はなく、兵士に引きずられるままに試合場を立ち去っていく。その様子を見てアルトは確信を抱いたように頷き、マモルとダイゴの様子がおかしかった原因は吸血鬼の仕業だと見抜いた。



「僕が知る限りでは吸血鬼に噛みつかれた者は牙から特殊な体液を体内に注入され、理性を失って暴れ狂うんだ。この時に理性を失うだけではなく、感覚も麻痺する。最終的には死ぬまで暴れ続ける事も出来るだろう」

「……だから怪我をしても躊躇なく相手に襲い掛かる事が出来た」

「そういう事だね。あの二人が冷静な状態ならここまでやる事はなかっただろう。だが、本気で殺し合いをさせるためにあの吸血鬼は自分の能力で二人を戦わせた……きっと、試合前に定期的に選手に噛みついて理性を奪っているんだろう」

「そんな……」



レノはアルトの言葉を聞いてダイゴの身体に視線を向け、この時に初めて気づいたが確かにダイゴの首の後ろの部分に何かが噛みついたような痕跡を発見した。山暮らしで非常に視力が優れたレノだからこそ見抜く事は出来たが、他の人間には非常に見つかりにくい箇所に吸血鬼の噛み跡が残っていた。


吸血鬼の言われるがままに試合を終えたマモルは大人しくなり、兵士達に連れられていく。そしてダイゴの方はすぐに兵士が死体を運び込み、その様子を吸血鬼は舌で唇を舐めとる。ダイゴの身体から流れる血液を見て吸血鬼の本能に刺激されたのか、この時に吸血鬼の犬歯が異様に伸びたのをレノは見逃さなかった。



(無理やりに選手を戦わせて客の注目を引いているのか……なんて奴等だ)



運ばれていくダイゴの死体に視線を向け、彼がどんな理由でこのような場所で戦わされ、殺されたのかはレノには分からない。だが、ダイゴをいいように利用した吸血鬼に対してレノは敵意を抱き、こんな非道な真似を平然と行わせるこのカジノに言葉に表現できないほどの感情を抱く。



(無理やりに死ぬまで戦わせて、それを賭け事にするなんて……なんて酷いんだ)



実際に試合を見てレノは改めてこちらのカジノの異常性を理解すると、本来の目的を思い出す。ここへ来たのは自分達の命を狙う蝙蝠の団員の居所を掴み、ゴノ伯爵の不正の証拠を手に入れるためにここへ訪れたのだ。



「……そろそろここを離れようか、思わぬ寄り道になってしまったがとりあえずは蝙蝠の団員を探そう」

「そうですわね……私、何があろうと絶対に不正の証拠を掴み、ゴノ伯爵の捕まえますわ」

「……それならあの男に注目した方がいい」



会話の途中でネココはある方向を指差し、全員が視線を向けるとそこには黒色の扉の前に立っている男の姿が存在した。その男はこのカジノの店員の服装ではあったが、明らかに堅気ではなかった。顔面には傷跡が存在し、右腕も金属製の義手であった。


男の顔にはネココも覚えがあり、昼間に襲撃を仕掛けてきた者達と同じく二つ名を持つ傭兵だった。名前は「鋼腕のゲイツ」と呼ばれ、傭兵の間ではそれなりに名の通った人物だという。



「あの男、ゲイツは1年ぐらい前に傭兵を引退したと噂で聞いた事がある。だけど、ここにいるという事は蝙蝠の団員である可能性が高い」

「なるほど、随分とおっかない顔だ……後ろの扉はどうやら関係者以外は立ち入りが禁止されているようだね」

「という事は、まさかあの扉の奥が蝙蝠の隠れ家に繋がっていると……!?」

「焦ったら駄目だ、慎重に動かないと僕達の身が危ない」



レノ達は目立たないようにゲイツに視線を向け、どのような手段を用いて彼の注意を引き、扉の先へ忍び込むのかを考える。目立つ行動を取ればすぐに店内の兵士が駆けつけるため、迂闊な真似は出来なかった。

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