第83話 ネズミ婆さん
「あっはっはっ、止めておきなカマセ!!あんたの敵う相手じゃないよ!!」
「な、何だと!?」
「カマセ……?」
酒場の一番奥の席に座っていた人物が男性に声をかけると、レノは男性の名前がカマセだと知り、以前に捕まえた賞金首の男と同じ名前である事に気付く。
――実はレノ達に絡んできた男は以前にレノが捕まえた賞金首の弟であり、カマセというのは苗字である。兄は盗賊で弟は傭兵を務めており、もう何年も前から袂を分かっていた。その事を知らないレノは偶然にも同じ名前の人物と出会えたと判断し、特に気にする事もなかった。
レノは彼に話しかけた相手が老婆に視線を向け、この老婆がネココが言っていた「ネズミ婆さん」かと思ったが、予想に反して老婆は普通の人間なのか頭に獣人族特融の獣耳は生やしていなかった。
「婆さん、どういう意味だ!?このガキが俺よりも強いだと!?そんなのあり得るか!!」
「有り得るんだよ、その子の二つ名を教えてやろうかい?白獅子の名前ぐらいはあんたも知っているだろう?」
「なっ……!?」
老婆の顔を見るとネココは安心した表情を浮かべ、一方でカマセの方は鼻を抑えながらも老婆に対して怒鳴り返す。そんなカマセに対して老婆はネココの渾名を口にすると、カマセは驚愕の表情を浮かべ、ネココの方はうんざりとした顔を浮かべる。
「……その渾名は好きじゃない、私は獅子じゃない」
「そういうじゃないよ、私のネズミ婆さんよりも格好良い二つ名じゃないかい」
「白獅子だと?」
「あの有名な……」
「えっ……ネココが白獅子?」
ネココの二つ名を老婆が話すと、酒場内に存在した者達が反応し、一方でレノも気にかかる。どうしてネココが「白獅子」などという名前が付けられたのかと思うと、老婆は理由を語ってくれた。
「1年前、あんたが単独で獅子の仮面を被って盗賊の隠れ家に忍び込み、100人近くの盗賊を戦闘不能に追い込んだ時に名付けられたんだろう?」
「だから、それが誤解……私が付けていたのは獅子の仮面じゃなかったし、そもそも100人も倒していない。30人ぐらいしかいなかった」
「え……でも、仮面は付けてたの?」
「盗賊達と戦う前、祭りが行われていてそこで偶々猫の仮面を買った。中々可愛いかったから気に入って仮面を付けてたんだけど、仕事の時に外すのを忘れていただけ……そもそも私が付けていたのは獅子じゃなくて猫の仮面だったのに、捕まった盗賊達が勘違いして獅子だと言い張ったせいで変な渾名を付けられた」
「あはははっ、そいつは災難だったね。でも、白猫よりも白獅子の方が威厳があって格好良いじゃないかい。傭兵なら可愛い名前より、格好いい名前の方が箔が付くだろう?」
「むうっ……」
ネココは自分の「白獅子」という二つ名には不満はあるが、彼女が白獅子だと知ったカマセという男は顔色を青くさせ、距離を取る。どうやらネココは傭兵としてはかなりの有名人だったらしく、本当に彼女が一流の傭兵だとレノは思い知らされた。
カマセが退いてくれたのでネココはレノと共にネズミ婆さんの元へと向かい、彼女の席の向かい側に座り込む。この際にレノも座ろうとしたが、ここでネズミ婆さんがレノに視線を向け、笑みを浮かべる。
「ふふふっ……あんたの事もよく知ってるよ、タスクオークにトレントを倒したという最近話題の巨人殺しの剣聖の弟子だろう?」
「えっ!?」
レノは自分の事も知っているネズミ婆さんの言葉に驚き、そんな彼に対してネズミ婆さんはレノの噂はこの街にも届いている事を伝える。
「あんたの噂はこの街にもよく伝わっているよ。それにしても、まさかあの巨人殺しの剣聖に弟子がいたとはね、あの爺さんは元気かい?」
「えっ……爺ちゃんの事、知ってるんですか?」
「知ってるも何も、あの爺さんとは昔からの付き合いさ。今でも傭兵の間では伝説の存在として扱われてるからね……何年か前に姿を消したから何処かで野垂れ死んだのかと思っていたけど、まだ生きてるのかい?」
「あ、はい……元気ですよ」
ネズミ婆さんは昔の事を思い出したのか感慨深い表情を浮かべ、そんな彼女にレノはロイは存命である事を伝える。するとネズミ婆さんは安心した表情を浮かべ、自分とロイの関係を話してくれた。
「ロイと私は昔馴染みでね、一時期はずっと一緒にいた事もあったよ。だけど、あいつが片腕を失くしてからは距離を置かれるようになってね……最後に顔を合わせたのはあいつが自分の片腕を斬った男の元に向かう前に会いに来てくれたんだよ」
「それって……巨人国へ向かう前の爺ちゃんと会ったんですか?」
「ああ、そうだよ。あの時のあいつの顔と来たら正に鬼の様な顔をしていたね。これが今生の別れになるかもしれないからって、こんな物まで私に渡して来たよ」
「それは……?」
「収納鞄さ、見た事はないかい?」
レノの前でネココの前にネズミ婆さんは鞄を置くと、外見は普通の鞄にしか見えないが、彼女は鞄に手を伸ばすと釣り口と酒瓶を取り出す。
どう考えても有り得ない量の荷物が鞄の中から現れると、レノは前にアルトが所持していた鞄と同じく収納型の魔道具だと気付く。アルトが所有していた鞄とはデザインが少々異なるが、性能は同じだった。
「あの男、仮にも女への贈り物にこんな物を渡してきたんだよ。まあ、私の商売柄としては宝石や指輪よりもこっちの方が嬉しいと知っていたんだろうけどね……結局、これを渡した後はもう私の元へは姿を現す事はなかったよ」
「……もしかして、ネズミ婆さんはレノのお爺ちゃんと恋人だった?」
「恋人?まさか、あいつとはただの腐れ縁さ!!まあ、一時期はこいつとなら所帯を持ってもいいと思った事はあるけどね……結局、お互いに別の人と結婚したよ」
昔のロイの事を語りながらネズミ婆さんは少し寂し気な表情を浮かべ、自分の左手に視線を向ける。だが、すぐに頭を振ってレノとネココに尋ねる。
「それよりもあんたら、私に用事があって来たんじゃないのかい?」
「……そうだった。ネズミ婆さんに聞きたい事がある」
「実は俺達、黒狼という組織を調べているんです」
「黒狼……今日はよくその名前を耳にするね。少し前にあんた達と同じように私の所に訪れて黒狼の情報を聞き出そうとした奴がいたよ」
「えっ!?」
「……その話、本当?」
ネズミ婆さんの言葉にレノとネココは驚き、ネズミ婆さんは頷く。彼女によると二人が訪れる少し前に黒狼の情報を尋ねに来た人物がいたという。その人物はネズミ婆さんから情報を聞き出すと立ち去ってしまったが、かなり派手な外見をしていたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます