第70話 トレント

「あれは……!?」

「やはり、そういう事だったのか……」

「……まさか、進化している?」



肉のような果物を口にしていたゴブリンは徐々に皮膚が赤く変色し、全身の体毛が伸びていく。やがて牙も爪も徐々に鋭く尖っていき、やがてゴブリン亜種へと変化を果たす。


通常種のゴブリンがゴブリン亜種へと変化を果たす光景を確認したレノ達は動揺を隠せず、一方でアルトは興奮した様子で羊皮紙とペンを取り出し、ゴブリンが変化するまでの過程を記す。彼の予想通り、やはりというべきかアカバの森から出現するゴブリン亜種は元々は通常種のゴブリンが亜種へと変貌した存在だと判明された。



「信じられない、いったいどうなってるんだ?あの果実を口にした瞬間、ゴブリンが亜種へと変貌……いや、進化した!!ああ、調べたい……あの果実を持ち帰りたい!!」

「……声が大きい、静かにして」

「いったいどうなってるんだ……」



アルトの反応を見てネココは注意する中、レノは変貌したゴブリン亜種に視線を向け、体毛が獣のように変化した姿を見てある事を思い出す。それは大樹の根に絡みついた多数の魔獣の死骸の事を思い返す。



「そういえばあの洞穴で死んでいた魔獣……もしかして、あいつらの養分を吸い上げて出来た果物を口にしたからゴブリンも獣のように毛が伸びた」

「それは僕も考えたよ。確かにこの森に発生するゴブリン亜種は通常の亜種とは違い、獣のような特徴を持っている。その事から考えるに間違いなく、彼等は果物を食らう事でこの大樹に捧げた魔獣の特徴を受け継いでいるんだ……!!」

「……なら、あの鋭い牙と爪も魔獣の特徴を受け継いでいる可能性がある」



アカバの森で誕生したゴブリン亜種は従来の亜種とは異なり、魔獣の特徴を取り込んでいるのは間違いなかった。そしてゴブリン亜種が喰らう果実を生やしている大樹が魔獣の養分を吸い上げていた事を考えると、このゴブリン亜種の大量発生の原因は大樹である事が確かだった。



「恐らく、あの大樹はただの植物じゃない。植物型の魔物……恐らくはトレントだ」

「トレント?」

「……聞いた事がある、確か南方に生息すると言われている植物型の魔物」

「そう、本来なればこの場所には絶対に生息するはずがない魔物だ。理由は不明だが、この森に根を生やして成長し、そしてゴブリン達を従えているんだろう」



レノはトレントという名前の魔物は初めて聞いたが、アルトによると植物型の魔物であり、この森に暮らすゴブリンを利用してトレントはここまでの成長を果たしたのだと予想する。



「恐らく、あの大樹……いや、トレントはゴブリン達の進化を促す果実を与える代わりにゴブリン達を利用し、森の中に暮らす魔獣を捕まえさせ、自分が成長するために根の部分で捕らえて魔獣から養分を吸い取っていたんだ。つまり、ゴブリン亜種はトレントの僕として森に生息していた魔獣を狩りつくしたんだ」

「ゴブリンが他の魔物を……!?」

「……普通なら無理、非力なゴブリンでは他の魔物を捕まえるなんて出来ない。だけど、ゴブリン亜種ならあり得るかもしれない」

「現に僕達だってここまでの移動で魔獣も動物も1匹も見かけていないだろう?きっと、森に生息する魔物の殆どは既にゴブリン亜種に捕まり、トレントが成長するための糧にされたんだ」



アルトの言葉にレノ達は冷や汗を流し、それが事実ならば森の中に生息する魔獣たちは既にトレントによって狩りつくされた可能性もあった。


ゴブリンを進化させる事で強力な手駒を作り出し、それを利用してトレントは栄養となる魔物を運び込ませる。そして成長したトレントは更にゴブリンを強力な存在へと進化させ、ゴブリン達に新しい獲物を運び込ませる。これを繰り返す事でトレントは森の中で最も大きな樹木へと成長していた。



「ゴブリン亜種が外でも目撃されるようになった理由は恐らくは森の中の魔獣を狩りつくしたせいで、餌が手に入らなくなった。だからゴブリン亜種を外へ送り込んで新しい餌を用意させようとしてるんだろう。その中には当然、人間も含まれているはずだ」

「そんなっ!?」

「……放置するとまずい、すぐに街に戻って報告に向かった方がいい」

「それしか方法はないね……といっても、こんな話を信じてくれるかどうか」



ゴブリン亜種の大量発生の原因がトレントだと判明した以上、この場に長居するのは危険だと判断し、レイナ達は戻る事を決めた。しかし、この時に大樹の方に生息するゴブリン亜種の群れが騒ぎ出す。



「しまった、見つかったか!?」

「……いや、様子がおかしい」

「何だ……何を騒いでるんだ?」




どうやらレノ達の存在に気付いたわけではないらしく、ゴブリン亜種の群れが騒ぎ出した理由は大樹に向けて大きな生物が姿を現す。その姿を見た瞬間、レノ達は驚きのあまりに目を見開く。


大樹の元に現れたのは十数匹のゴブリン亜種の集団だった。そのゴブリン亜種の群れは植物の蔓で縛り上げた白色の毛皮の狼と、巨大な馬、更には傷だらけの巨人族の女性を運んでいた。その姿を見たレノは声を上げそうになるが、ネココが咄嗟に口を塞いで落ち着かせる。



「駄目、落ち着いて……声を出したら気づかれる」

「むぐっ……!?」

「しまった……彼女達も捕まってしまったのか」



アルトも流石に表情を青くさせ、大樹の元に運び込まれる「ウル」「コクヨウ」「ナオ」の姿を見て頭を抱える。どうやら森の外で待機させていた彼女達は新手のゴブリン亜種に見つかってしまい、捕まってしまったらしい。


今にも飛び出しそうなレノをネココは抑えつけ、ここで飛び出した所でレノ一人では彼等を助ける事は出来ない。しかし、このまま黙って見過ごせるはずもなく、レノは瞳に怒りを宿らせる。



(あいつら……!!)



今にも剣を抜いて飛び出したい気持ちに陥ったレノだったが、どうにか頭を落ち着かせてまずは様子を観察する。ゴブリン亜種の群れは傷だらけの状態でありながらも連れてきたウル、コクヨウ、ナオを大樹の根本まで運び込む。

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