第31話 ネカの交渉

「この、剣は……」

「どうかしました?」

「あ、いや……なんでもありません。失礼しました」



ネカは剣を見た瞬間に冷や汗を流すが、すぐに鞘に戻すとレノに手渡す。意外な反応にレノは戸惑うが、ネカの方はレノの弓に視線を向け、交渉を行う。



「レノ殿、お願いがあるのですが……その弓の方を売ってくれませんか?」

「え?」

「無論、弓がなければお困りになるでしょう。しかし、ダークエルフの髪の毛の弦など滅多に手に入らない代物、そこでどうでしょうか?金貨3枚支払いましょう。さらにレノ殿のために私が取り扱っている商品の中でも一番の弓を渡しましょう」

「金貨3枚……!?」



この世界の基準は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4枚のみに分けられており、金貨はその中で二番目に価値の高い高価である。金貨3枚もあれば高級宿屋でも一か月は泊まり続ける事が出来る金額だった。


しかし、レノとしてはダリルが自分のために苦労して作り出した弓を手放せるはずもなく、そもそもこの髪の毛の素材はダークエルフではない。そのために売る事は出来ないとはっきりと断る。



「すいません、この弓は養父からの旅の贈り物なので渡す事は出来ません」

「そうですか……それは残念ですな」



レノの言葉を聞いてネカは本当に残念そうな表情を浮かべるが、改めて彼はレノが所持している剣に視線を向けた。そんな彼の反応にレノは気にかかり、この剣の事を知っているのかを問う。



「この剣をさっきから気にしているように見えますけど、何か知ってるんですか?」

「え、いや……実は前に私が盗賊に襲われた時、とある剣士に救われましてね。その方が持っていた剣と非常に良く似ていたのを思い出しまして……」

「え、それって……もしかして隻腕の剣士ですか?」

「御存じなのですか!?」



ネカの言葉を聞いてレノは剣士の事がロイではないかと思い、尋ねてみるとネカは驚いた声を上げる。そして彼は過去にロイに救われた時の出来事を話す――






――2年ほど前、ネカの商団はとある盗賊団に襲われた事がある。実は雇っていた護衛が盗賊団と繋がっていたらしく、最初から彼等の目的はネカの命と馬車の荷物だった。


護衛に裏切られ、もう駄目かと思われた時にネカ達の前に隻腕の老人が現れ、圧倒的な強さで盗賊団を倒したといいう。その強さは人間とは思えず、実際に盗賊団の頭目は巨人族の剣士だったのだが、その老人は片腕から繰り出せるとは思えぬ斬撃を繰り出して一太刀で倒したという。


ネカは自分の命を救ってくれた老人に感謝し、彼にお礼を渡そうとしたが、老人は何処か様子がおかしく、お礼を受け取らずに立ち去った――






「あの時の事は出来事は今でも忘れません。この年齢になるまで私も様々な人間を相手に敷きましたが、あれほど強い剣士は見た事がありませんな」

「そうだったのか……でも、どうしてロイの爺ちゃんは何も言わずに行ったんだろう」

「私も大して話は出来ませんでしたが、なんでも生きがいを失ったらしく、かつて妻と暮らしていた場所に戻ろうとしていたそうです」

「生きがいを失った……」



レノはロイの話を思い出し、彼は自分の腕を切り落とした剣士に勝つために傭兵として生き続け、腕を磨いたという話を思い出す。だが、その相手を見つけた時に彼がもう戦えない身体と知り、結局は決着を付けずに立ち去ったと話していた。


最初にロイと遭遇した時も彼はレノが回収しておいた剣を渡そうとした時、最初は拒否した。それはもう自分が戦わない事の意思表示でもあり、長年の宿敵との決着が着けらなかった事で生きがいを失っていたのだろう。


ネカと遭遇した時のロイは巨人国から帰還し、かつて妻と暮らしていた場所で生涯を過ごそうと旅していた時に遭遇していたと考えられた。ネカ曰く、彼にはお礼を言いたかったそうだが、行方を探しても見つからずに結局は命を救われながらも礼をする事も出来なかった事が心残りらしい。



「あの御方が隻腕の剣聖様であるとはすぐに分かりましたが、まさかもう隠居されていたとは……しかし、ここでお孫さんに出会えたのも何かの縁、ロイ殿に救って貰った恩を貴方にお返ししましょう」

「え、でも俺は何もしていないのに……」

「何を言っているのですか、先ほど私の命を救ってくれたではないですか!!」

「けど、その分のお礼はもう貰っていますし……」

「いいや、それでは私の気持ちが収まりません!!しかし、そうですな……お礼といっても何を渡せばいいか……そうだ、ならば旅に役立つ物をお渡ししましょう」



レノが旅をしている事を知ったネカはある物を思い出し、ここで彼は馬車を止めて自分の部下に何事かを伝えると、すぐに部下が商品の荷物を乗せた馬車の元へ向かう。


やがて馬車からネカの部下が駆け寄ると、その手には木箱が収まっていた。木箱を受け取ったネカは箱の中身を開くと、七つの綺麗な宝石のような物が収められていた。



「あの、これは……?」

「実は私、こう見えても商人をやる前は鑑定士の仕事もやっていましたな!!先ほど、レノ殿が戦う姿を見ていたのですが魔法も扱えますね?」

「ええ、まあ……一応は」

「しかし、見た所レノ殿は魔石を所持していない様子……それでは魔法を発動させるときに苦労されるでしょう」

「魔石……?」

「何と、魔石を知らないのですか!?」



ゴブリンとホブゴブリンの集団との戦闘の際、レノが魔法剣を使っている姿をネカも目撃しており、この時に彼はレノが「魔石」と呼ばれる代物を所持していない事に気づく。レノは魔石という初めて聞く単語に疑問を抱くと、彼は説明してくれた。



「魔石とは魔法を扱う際、魔法の威力を強化したり、使用者が消耗する魔力をある程度は抑える機能を持つ鉱石です。この魔石は普通の人間には扱えぬ代物ですが、特別な道具を利用すれば使えたりもします」

「へえ……」

「例えばこの魔石ライターを見てください。これは私の商品の中でも人気のある代物ですが、火属性の魔石を利用してこうして火をつける事が出来ます」

「わっ、凄い!!」



ネカは火属性の魔石が取り付けられたライターを取り出すと、その場で火を灯す。レノは本当に火が出てきた事に驚く。少なくともレノが暮らしていた山小屋や麓の村では見かけなかった道具であり、興味を抱く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る