第28話 亜種

(何だこいつ……コボルト?でも、雰囲気が今までの奴等と違う。待てよ、そういえば前にも……!?)



レノは岩の上に立ち尽くす黒色の毛皮のコボルトに視線を向け、自分が山から旅立つ前の日の出来事を思い出す――






――あれはロイがまだ訪れたばかりの頃、レノは魚釣りを行うために修行場としても利用していた滝に訪れていた。この滝の付近では大物が釣れるために訪れたのだが、ここでレノは思いもよらぬ魔物と遭遇した。


滝の近くには一匹の「一角兎」が存在し、喉が渇いていたのか水を飲んでいた。基本的に一角兎は臆病な性格で他の生物に見つかると逃げ出す習性があるのだが、この時にレノが発見した一角兎は全身が黒色の毛皮で覆われていた。


基本的には一角兎は白色の毛皮で覆われているのだが、レノが発見した個体は全体が黒く、目元も赤色に染まっていた。そしてレノの姿を捉えた瞬間、奇声を発して襲い掛かる。



『キィイイイッ!!』

『うわっ!?』



一角兎は滅多に他の生物に襲い掛かるはずがないのだが、レノが発見した黒色の一角兎は角を突き出して攻撃を仕掛けてきた。この時にレノは不覚にも左腕を貫かれそうになり、咄嗟に嵐拳を繰り出して吹き飛ばす。



『このぉっ!!』

『ギュイッ!?』



風の魔力を纏った拳でレノは一角兎を殴り飛ばしたが、左腕に傷を負ってしまう。結果から言えば嵐拳の一撃で一角兎を倒す事には成功したが、結局は傷が深かったレノは怪我の治療のために山小屋へと引き返す。


珍しく怪我を負って帰ってきたレノにダリルは驚き、すぐに治療を施す。ロイはレノの身に何が起きたのかを問い質すと、彼が倒して持ち帰った一角兎を見て驚く。



『レノ、こいつはただの一角兎じゃない。恐らくは「亜種」だろう』

『えっ……亜種?』

『亜種だと!?聞いた事があるぞ、魔物の中でも突然変異で生まれてくる特殊な存在だとは噂で聞いた事があるが……』

『うむ、亜種は通常種の魔物とは異なり、独自の進化を果たした魔物だ。ただの一角兎といえど、油断していれば命はなかったかもしれん』

『そんな大げさな……』

『大げさではない!!亜種は本当に危険な存在だ、普段から倒し慣れている相手だとしても油断するのではないぞ!!』

『は、はい!!』



この時にロイは初めてレノに対して厳しく叱りつけ、その彼の剣幕にレノもダリルもたじろぐ。実際にこの数時間後、レノが倒した一角兎の角から毒が滲み出ている事が発覚し、傷を負ったレノは毒の影響で意識を失う。


結果から言えばダリルはレノを担いで麓の村まで運び込み、村の薬師に頼んで治療を行ってもらう。幸い、解毒は間に合ってレノの命は助かったが、もしも処置が遅れていれば最悪の場合はレノは命を落としていたかもしれないと告げられた。


魔物の中では力が弱く、戦闘能力が低い一角兎ですらも亜種であれば人が死にかねない毒物を生み出す個体がいる事をレノは身を以て知り、自分が死にかけたという話を聞いたときは背筋が凍り付いた。それ以降、山の中でレノは亜種という存在に遭遇した事はなかったが、よりにもよって一角兎よりも危険で獰猛なコボルトの亜種と遭遇してしまう――






(――落ち着け、取り乱すな。一瞬でも隙を見せれば襲い掛かってくるかもしれない……冷静になれ)



レノは内心で焦りを抱きながらも決して表面上は動揺を示さず、自分を見下ろしてくるコボルトの「亜種」に視線を向ける。相手の方はレノを見て睨みつけるだけで微動だにせず、その様子にレノは敵も自分の事を警戒していると悟る。



(あいつも警戒している……他の仲間が俺に斬られたところ見ているんだ。一瞬も目を離すな、ゆっくりと距離を取るんだ)



剣を握りしめた状態でレノはコボルトと視線を合わせたまま、後ろへと少しずつ動いて距離を取る。動きが素早いコボルトに下手に仕掛けるよりも、距離を置いて「嵐刃」などで攻撃を仕掛ける方が有利と判断した。


一応はレノは弓矢も持ち込んでいるが、荷物は3体のコボルトに襲われた時に離れた場所に置いてしまったため、回収する暇はない。そのために頼れる武器は剣しかなく、十分に距離を取った事を確認するとレノは付与魔術を発動させる。



「はあっ!!」

「グガァッ!!」



気合の雄たけびと共に刀身に風の魔力を纏わせると、コボルトの亜種はその声に反応したかのように岩の上から飛び掛かり、レノへ向けて突っ込む。それを確認したレノは剣を構えると、地裂を発動させたときのように刀身に魔力を一点集中させ、加速させた刃を放つ。



「うおおっ!!」

「ウガッ……!?」



振り抜く際に急速に加速した刃を見てコボルトの亜種は危険を察知したのか、空中で身体を捻らせて軌道を僅かに変更させる。結果としてレノが振り抜いた刃はコボルトの左腕を切り裂き、腕を切り落とされたコボルトは悲鳴を上げて地面に倒れ込む。



「ギャインッ!?」

「まだだぁっ!!」



空中で腕を切り落とされたコボルトは悲鳴を上げて腕を抑えるが、その光景を目にしたレノは即座に剣を横に構えると、ダリルの斧で大木を斬り続けてきた時のように刃を横なぎに振り払う。


ロイから教わった「地裂」は文字通りに大地を切り裂くかの如く下から繰り出す斬撃ではあるが、山に暮らしていた時にレノはダリルの仕事の手伝いで何十本もの大木を斧で斬り続けてきた。そのために横なぎに振り払う攻撃も得意としていた。



「嵐斧!!」

「ギャアアアッ!?」



レノは剣を斧に見立てて振り抜くと、コボルトの胴体に強烈な一撃が繰り出され、大木を斬った時のように肉体が上半身と下半身に切り裂かれる。剣を振り抜いたレノは地面に倒れたコボルトに視線を向けると、全身から冷や汗を流しながらも自分がコボルトに勝利した事を確信する。



「はあっ……か、勝った」



結果から言えば無傷の勝利ではあるが、気を張り詰め過ぎた影響か疲労が一気に襲い掛かり、その場に座り込む。レノが編み出した「地裂」や「嵐斧」は風の魔力を利用して一気に加速させる剣技だが、同時に魔力の消耗量も大きい。本来は連発に向いた剣技とは言えず、正に今回の勝負は薄氷の勝利だった。



「まさかこんな場所でコボルトの亜種と遭遇するなんて……でも、こいつの素材は何かに使えそうだな」



レノはロイから聞いた話を思い出し、魔物の亜種の素材は滅多に手に入る代物ではないため、希少価値が高い。そのために亜種の素材は高く買収が行われている事を思い出し、次の村に訪れる前に良い換金素材を手に入れた事を喜ぶ――

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