第21話 滝から流れてきた老人

――翌朝、レノは以前に「嵐拳」を習得する際に訓練場として利用していた滝に赴いていた。ここに来たのは魔物が滅多に近寄らず、自分が成長した事を初めて実感した場所だからである。



「狩人以外の生き方か……そう言われてもすぐには思いつかないな」



エルフの里を追い出された後、レノはダリルに拾われてずっと彼の元で狩人としての技術を学んでいた。だから狩人として生活する事には何の不満もない。だからいきなり狩人以外の生き方を考えろと言われても思いつかない。


この山を離れない限りはレノは狩人以外の人生など送る事も出来ず、そもそもレノとしては外の世界に出向いても一人で生きていける自信はない。




――かつてのダリルはレノが付与魔術でボアを仕留めた時に彼の力が他人に知られるのはまずいと考えていた。だが、立派に成長して自分の事を自分で決められる年齢に達した今のレノならば問題ないと判断し、敢えて彼に外の世界で生きる道も諭した。




父親として息子の将来を心配するのは当然だが、同時に彼に期待を抱くのも親としては当たり前である。レノの能力は狩人として生きるためだけに使うのは勿体ない、そう考えるようになったからこそダリルはレノに外の世界で生きるべきか選択肢を与えたのだ。



「ふうっ……久しぶりに修行でもしようかな」



レノは相も変わらず激しい勢いで流れる滝に視線を向け、拳を握りしめた。かつては滝の裏側から流れ落ちる水を吹き飛ばした事を思い出し、今の自分ならばどの程度の事が出来るのかを試す。



「よし、やってみる……何だ!?」



だが、ここで滝から流れ落ちる水を見てレノは目を見開く。この滝はよく流木などが流れてくるが、明らかに流木ではない物体が紛れ込んでいる事に気付いた。その物体の正体を見てレノは驚愕の表情を浮かべる。


流れ落ちてきたのは人の形をしており、すぐにそれが人間のような姿をしている事に見えた。慌ててレノは滝壺に移動すると、躊躇なく飛び込む。



(……いた、やっぱり人間だ!!)



滝から流れ落ちてきたのは人間の男性である事が判明し、その人物は意識がないのかどんどんと水底に沈んでいく。相当に年老いており、左腕は肘から先が存在せず、右腕の方は剣を握りしめていた。



(助けないと……でも、水の流れが強すぎる!!)



レノは沈んでいく人物を見てすぐに助けようと潜り込むが、水の流れが思っていた以上に強く、上手く泳ぐことが出来ない。そこでレノは両手を後ろに構えると掌に「竜巻」を作り出し、風の魔力を利用して下の方向へと移動を行う。


スクリューの要領でレノは水中を移動すると、男性の身体を掴み、今度は両足から風の魔力を放出して水面へと浮かぶ。どうにか男性を陸地まで運び込むと、レノは男性が生きているのかを確かめる。



「お爺さん!!しっかりして!!お爺さん!!」

「ぐふっ……げほっ、げほっ!!」

「ああ、良かった。大丈夫?」



耳元でレノが叫ぶと男性は口から水を吐き出し、意識を取り戻す。彼は自分を覗き込むレノを見て呆然とした表情を浮かべるが、すぐに自分の身体が濡れている事に気付き、何があったのかを思い出す。



「儂は……そうだ、確か橋を渡ろうとした時に突然に崩れて川の中に落ちて……それから、どうなったのだ」

「お爺さん、この滝から落ちてきたんだよ」

「こ、こんな滝から落ちたのか……それでお主が助けたのか、ありがとう」

「そうだよ。あ、それと……この剣もお爺さんのでしょ?」



レノは老人が起きた時に手放した剣を拾い上げ、老人に渡す。すると老人は彼の持っている長剣に視線を向け、黙って首を振った。



「いや、それは……いらん」

「え?でも、この剣はお爺さんが持ってたんだよ。意識を失ってもずっと握りしめたままだったから、大切な物じゃないの?」

「儂がこれを……そうか」



気絶しても尚も握り続けたという話を聞いて老人はため息を吐き出し、レノから長剣を受け取る。あまり嬉しくなさそうな表情を浮かべる老人にレノは不思議に思うが、とりあえずは冷えた身体を温めるためにレノは彼を山小屋まで連れていく事にした――





――山小屋へと戻ると、ダリルは水浸しのレノが老人を連れて帰ってきた事に驚き、すぐに二人の服を脱がせて火を焚く。毛布に包まった老人は改めてレノに礼を言い、自分が何者かを話す。



「すまん、お主のお陰で命が助かった……儂の名はロイ、旅人じゃ」

「旅人……こんな辺境の山奥にまでくるとは随分と変わってるな、あんた」

「うむ、実は儂は一時期この山に暮らしていた時があってな。といっても、もう何十年も前の話だが……渓谷に繋がっている橋を渡ろうとした時、急に足場が崩れてしまってな。そのまま落ちてしまったのだ。川に流されている途中で水底の大きな石に頭をぶつけて気絶した後、滝に落ちた所をそこにいる子に助けてもらったんじゃ」

「そうだったのか……レノ、よくやったな!!人助けは偉いぞ!!」

「あはは……」



ダリルはレノが老人を救ったという話に満足気な表情を浮かべ、レノは照れ臭そうな表情を浮かべる。老人は改めて自分を助けてくれたレノと、暖かい毛布を貸してくれたダリルに礼を言う。



「改めて礼を言わせてくれ。命を助けていただき、感謝する。それにしてもこんな山奥にドワーフとの少年が暮らしているとは……」

「ははは……なっ!?」

「えっ……!?」

「ん?どうした、何か変な事を言ったか?」



ロイの言葉にレノは慌てて耳元を隠し、ダリルは驚いた表情を浮かべて老人へと振り返った。現在のレノは横髪を伸ばして耳元が見られないように隠しており、外見は人間の少年にしか見えないはずである。それにも関わらずにレノの正体をハーフエルフだと見抜いた事に動揺を隠せない。


二人の反応を見てロイは自分がまずい事を言ったのかと不思議に思うが、ダリルは頭を掻きながら率直にレノの正体を見抜いた理由を問う。



「あんた、こいつがハーフエルフだと気づいていたのか?」

「ん?ああ、助けてくれた時にその少年の耳が偶然にも見えてな。最初は黒髪のエルフかと思ってダークエルフかと考えたが、肌が褐色ではないからのう。だから、人間とエルフの間に生まれたハーフエルフだと思ったのだが、違ったか?」

「いや、間違ってはいないです……」

「そうか、髪の毛で耳元を隠しているのは何か事情があるのか?」

「……爺さん、悪いがこれ以上は何も聞かないでくれ。こいつは他の奴等にハーフエルフだと気づかれたら色々とまずいんだ」

「そうか……分かった。ではこの事は誰にも話さない事を約束しよう。それでいいのだろう?」



ロイの言葉にレノとダリルは安堵した表情を浮かべ、その様子を見てロイは何か訳ありだと勘付き、それ以上の追求はしなかった。

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