第15話 滝を吹き飛ばす

「相変わらずここの滝は凄い勢いだな……しかも流木とかも混じってるし、気を付けないとな」



レノが見つけ出した滝は高さが20メートルを超え、流木がよく流れ落ちてきた。滝口から滝壺に流れ込む水の勢いは尋常ではなく、凄まじい勢いで流れ込む水を見ながらもレノは試しに弓を構えて矢を撃ち込む。



「はあっ!!」



流れる滝に向けてレノは矢を放つと、ボアの肉体を貫通するほどの威力を誇るはずの矢は滝の中に飲み込まれた瞬間に勢いを失い、圧倒的な水量によって押し流されてしまう。その様子を見てレノは弓を背負いなおし、無残にも砕け散った矢が流れる光景を目にして冷や汗を流す。


この滝は普通の滝よりも水の流れ激しく、しかも流木も混じっているので下手に滝浴びなどすれば押し潰されて死んでしまう。しかし、付与魔術の練習の場としては最適の場所でもあった。



「よし、やるか!!」



服を脱いで下着姿になったレノは滝の裏側に存在する隙間を潜り抜けると、滝の裏側には洞穴が存在した。洞穴といっても10メートル先に繋がる程度の広さしかなく、その場所でレノは付与魔術の特訓を行う。



(毎回矢を無駄にするわけにはいかないし、ここは自分の力だけで切り抜けないとな)



頬を叩いてレノは気合を入れなおすと、滝の裏側から流れ落ちてくる水を跳ね返す練習を行う。方法としては両手に風の付与魔術を施した状態で手を伸ばし、流れ落ちる水に目掛けて風を放つ。それを繰り返すだけだった。



「はっ!!はっ!!」



両手を伸ばした状態でレノは風圧を発生させ、流れ落ちてくる大量の水を吹き飛ばそうと試みる。しかし、魔弓術を利用しても滝の水は貫通どころか押し返されてしまい、逆に粉々に砕け散ってしまう有様だった。現時点のレノが繰り出せる「風圧」では威力が不足してせいぜい水飛沫を生み出すのが精いっぱいである。


この特訓を始めた切っ掛けはレノは赤毛熊に襲われた際、赤毛熊に目くらましも兼ねて水中の水を付与魔術で吹き飛ばしたのが切っ掛けだった。最初の頃は生き残るために必死に悪あがきで生み出した戦法だったのだが、後々に水の力を利用すれば付与魔術をより強化できるのではないかと考え、今以上に風圧の出力を高める練習を繰り返す。



「せいっ、やあっ、わふぅっ!!」



最後の方は気の抜ける掛け声になってしまったが、休みなく繰り返して風圧を発生させると威力が弱まり、限界が訪れるとレノは膝を崩して荒い息を吐き出す。最初の頃と比べると風圧の威力も高まっているが、やはり休憩無しで練習を続けるとすぐに疲れて果ててしまう。



「はあっ……くそっ、今日はここまでか」



魔力とは謂わば生命力その物といっても過言ではなく、消耗すれば本人にも大きな影響が生まれる。レノの場合は魔力を固定化させて生み出す魔法は出来ないが、風の魔力を生み出す時に発生させる風圧しか攻撃手段はない。


通常の魔法とレノが繰り出す風圧はどのように違うかというと、例えば森人族の扱う「スラッシュ」という魔法は風の魔力を三日月のような形に固定化させて撃ち込み、斬撃に特化した攻撃を行える。一方でレノの場合は風の魔力を利用して掌の構える方向に突風を発生させているだけに過ぎない。威力に関しては魔力を固定化させて練り固めたスラッシュの方が勝っているといえるだろう。



(普通のエルフならきっとこんな滝の水なんか割れるぐらいの凄い攻撃魔法が使えるんだろうな……)



改めて自分が「魔法」を扱えない事にレノはため息を吐き出すが、昔はここで落ち込んだだろうが今のレノは諦めたりせず、むしろ奮起して練習に励む。



(魔法が何だ、俺にだって付与魔術がある。もうあいつらにも笑わせないぞ)



自分をエルフの里から追放した連中の事を思い出し、無償に苛立ったレノは起き上がると、八つ当たり気味に訓練を行う。最初の頃と比べて風圧の出力も強化し、更には魔力量も増えている気がした。一見は無茶な訓練に思えるが、レノはそれでも毎日諦めずに滝の水を吹き飛ばす特訓を挑む――






――無謀とも思える特訓を開始してから更に1年以上の月日が流れ、冬の季節を迎えた。雪が降りしきる中、レノはボアの毛皮から作り出した防寒具を身に付けながらもいつも通りに滝へと訪れる。心なしか1年前よりもレノの肉体はたくましくなっていた。


毎日の訓練やボアなどの魔物も狩れるようになったので以前よりも肉を食べる事が多くなり、今ではダリルが見上げるほどの身長にまで育ったレノはいつも通りに滝の裏側へと移動すると、意識を集中させるように拳を構える。これまでは単純に両手を伸ばした状態で風圧を発生させていたが、最近の彼は付与魔術の使い方を変えて練習を行うようになっていた。



(何も考え無しに魔力を放出させるだけじゃ駄目だ……体内の魔力を一点に集中して、一気に解放する)



目を閉じてレノは右拳を握りしめた状態で構え、十分に魔力を練り上げるまで待ち続ける。掌を開くのではなく、拳にしたのはその方が魔力がより集まりやすいと考えた上での無意識の行動であり、レノは流れ落ちる滝の水の音を耳にしながらも魔力を右手のみに集中させる。


特訓を開始してから1年と数か月、準備が完全に整ったと悟ったレノは目を見開くと拳を前に突き出す。偶然にもその動きは中国拳法の「崩拳(中段突き)」と酷似し、拳に纏った風の魔力は竜巻の如く変化すると、流れ落ちる滝を吹き飛ばす。



「だあっ!!」



拳から繰り出された強烈な突風、否、突風という表現すらも生易しい威力の風圧が発生し、見事に滝の裏側から爆発でも発生したかのような派手な水飛沫が舞いがる。その結果、レノの視界に一瞬とはいえ流れ落ちる滝の向こう側の景色が映し出されると、彼は驚いた表情を浮かべながらも自分の拳に視線を向けた。



「やった……成功した、やったんだ!!」



遂に滝を吹き飛ばすという目的を果たしたレノは握りこぶしを作り出し、目的を果たした事を嬉しく思う。遂には魔弓術以外の攻撃法を確立させたレノは自分の拳に視線を向け、前々から考えていた名前を呟く。



「この風はもうただの風じゃない、嵐だ。なら、名前は……嵐拳でいいな」



嵐の如き風圧と、拳を繰り出すという意味合いからレノは自分の拳に「嵐拳」と名付け、この力があればもう赤毛熊のような大物とも戦えるだろうと確信を抱く。同時にこの1年の間に変化が起きたのはレノだけではなく、実は山の生態系に関しても変化が起きていた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る