第5話 冤罪
「――おら、起きろ疫病神め!!」
「ぶふっ!?」
意識を失っていたレノは自分の身体に冷水を浴びせられ、意識を覚醒させる。目を開いたレノが最初に視界に捉えたのはバケツを抱えた大人の森人族である事に気付き、その相手がタリヤの父親の「ヤザク」だと知った。そして現在の自分が両手と両足を縛られた状態で椅子に固定されている事に気付き、激しく混乱した。
「族長、目を覚ましたぞ」
「うむ……」
「ちっ、よくもやらかしてくれたな!!この半端者がっ!!」
「いたっ!?な、何を……!?」
ヤザクに頬を叩かれたレノは口が切れて血を流し、その様子を見たコウは痛々しい表情を浮かべたが、すぐに無表情を保つ。レノの周囲には大人の森人族が数名存在し、その中に一人だけ子供が立っていた。その顔を見てレノは驚きの声を上げる。
「た、タリヤ……?」
「ぞ、族長!!父上!!こいつが悪いんです、こいつが赤毛熊を村に引き寄せたんです!!」
「えっ……?」
タリヤは頭に包帯を巻き、左足も怪我をしているのか杖を突いた状態で立っていた。そんな彼の言葉を聞いてレノは混乱し、彼の言葉の意味が分からなかった。しかし、タリヤの話を聞いた森人族の大人達はレノに対して殺気を放つ。
目が覚めたら自分が縛られている事、そして椅子に括りつけられている事、更に大人の森人族たちに囲まれているという状況に子供のレノは理解が追いつかずに怯えた表情を浮かべる。そんな彼に対して大人の一人がレノの椅子を蹴りつける。
「おい、これを見ろ!!お前があんな化物を村に連れ込んだせいで俺の腕は無くなったんだぞ!?」
「えっ、えっ……!?」
「くそ、惚けた態度をしやがって!!やっぱり、今すぐに殺してやる!!」
「止めろっ!!」
肘から先の部分の腕を失くした男がレノに対して腰に差していた短剣を引き抜こうとしたが、そんな彼に対してコウは怒声を放ち、鋭い視線を向けた。その視線を浴びて男は怯えたように腰に伸ばしていた腕を下げた。
「我等は誇り高き森人族だ。いくらに人間の血が混じっているとはいえ、無抵抗の子供を相手に手を出すような真似は許さん!!貴様は我が里の掟を破るつもりか!?」
「い、いや……滅相もありません。申し訳ございません、族長……」
族長の迫力に大人達は震え上がり、助けられたレノでさえもあまりの迫力に言葉を口に出来ない。普段のコウはレノに滅多に関わらないが、常に物静かで彼が怒った姿など見た事がない。ここで殺気を滲ませていた大人達もようやく落ち着いた様子だが、それでも彼等はレノに対して不満はあるのか族長に口を挟む。
「しかし、族長……子供を殺してはいけない掟があるとはいえ、今回のこの者の犯した罪は許される事ではありません。勝手に里を抜け出して森の奥へと進み、あの恐ろしき赤毛熊をこの里まで引き連れてきた……決して許される行為ではありません」
「……えっ?つ、連れてきたって……」
「そ、そうです!!僕は見たんです、こいつが森の中で赤毛熊をに追いかけられる姿を見たんです!!里に赤毛熊が入り込んだのはこいつのせいなんです!!」
「なっ!?」
焦った様子でタリヤは族長に話しかけると、その内容を聞いたレノはここで自分が濡れ衣を被せられた事に気づき、赤毛熊が里を襲った事を知る。
どうやらレノは気絶した後に赤毛熊は里にまで乗り込んで被害を与えたらしく、その責任をタリヤはレノ一人に被せようとしていたのだ。
「ち、違います!!それはタリヤ達が……」
「やかましい!!貴様は黙っていろ、この半端者がっ!!」
「私の息子に罪を擦り付ける気か!!この愚か者がっ!!」
状況をやっと理解したレノは咄嗟に反論しようとしたが、既に周囲の大人達はタリヤの話を信じ切っており、コウも厳しい表情を浮かべていた。ここでレノは普段から他の森人族に虐げられてきた事を思い出し、どうせ自分が口を開こうと誰も信じてくれない事に気付く。
レノはタリヤに視線を向けると、全てを知っている彼は怯えた表情を浮かべながらも口元は笑みを作っている事に気付き、そんな彼に対してレノは無性に腹が立つ。同時に自分の話を信じようとしない大人達にも怒りを抱き、彼は悔し涙を流す。
(くそっ……くそっ、何が誇り高い森人族だ!!こんなの、許されるのか!!)
自分の味方になりそうな母親もヒカリもこの場にいないレノでは言い訳を聞いて貰う者もおらず、そんな彼を見てコウは神妙な表情を浮かべ、やがて判断を下す。
「レノ、お前の罪は重い……しかし、どんな相手であろうと子供を殺してはならぬのが我が里の掟だ。命だけは奪わん、だがこの里に暮らす事は許さん。お前は追放する!!」
「そんなっ……」
「ふ、ふんっ……悪い事をするからこうなるんだよ!!」
「黙れ、タリヤ!!貴様も百叩きの刑だ!!」
族長の言葉にレノは唖然とするが、そんな彼を見て勝ち誇った表情を浮かべるタリヤにも族長は罰を与える。族長の言葉にヤザクは驚いた表情を浮かべ、タリヤは訳も分からない表情を浮かべる。
「ぞ、族長!?どうして我が息子も罰を与えるのですか?」
「ふん、私はお前の息子がここにいる者達の子供を連れて森の外へ出たという報告は既に耳にしている!!掟を破って勝手に抜け出した者は子供であろうと例外なく罰を与える!!文句はないな?」
「うっ……は、はい」
「そ、そんな父上!?嫌だ、族長!!許してください!?もうしませんから……」
「さっさと連れていけ!!」
タリヤは悲鳴を喚き散らしながら族長と父親に許しを請うが、それは聞き入れられずに他のぇ森人族に連れられて行く。その様子を見送ったレノは改めて族長と二人きりとなると、彼はレノに近付いて淡々と告げる。
「もうお前をこの里に置いておくことは出来ない……これからお前は眠らされ、この里から遥か遠い場所へと連れていく。後は自分の力だけで生き延びてみせろ」
「族長……!!」
「……私の事は好きに恨め、だがヒカリの事だけは恨まないでくれ。あの娘はお前の事を最後まで信じてくれた」
「ヒカリ……」
族長からヒカリの名前が出た事にレノは一瞬気を取られるが、その隙を逃さずに族長はレノの元へ近づき、彼の首元に手刀を放つ。その直後にレノは意識を失った――
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