何も書かれていない真っ白な本を貰った。

ふるなる

白紙の御守本

 何も書かれていない真っ白な本を貰った。

 母はそれをお守りだと言った。

 荷物の中にその無味な本を詰め込んだ。

 高校卒業して上京することになった私は、森の香りが充満する田舎町ともおさらばだ。長いこと育ててくれた家族やこの家ともおさらばだ。

 何があるかは分からない。良いことも悪いことも全て受け入れよう。一秒先の未来は想像つかない未知な世界が広がっていて心を踊らせていく。

 新幹線から眺める透き通った外の世界。

 人工的な匂いが充満する都会についに降り立った。物理的には広くてもどこか心苦しいぐらい狭い世界にいた。けど、ここはとっても広い。

 高い建物郡が自由に生きている。そんな勇ましい姿を見上げながら新しい居所へと進んでいった。

 荷物を広げていく中で、ふとお守りの本を手に取る。中を開いてみる。本当に何も書かれていなかった。

 それはお守りだった。

 もし何か危険な目に会うことがあれば私が私を助ける、と言われた。それがこの神秘な本の力なのだとか。

 そんなフィクションがある訳ない。こんな真っ白づくめの本がお守りなんておかしい。なんて嘲笑いながらも大切に扱っている自分がいた。

 時計の秒針がチクタクと回っていく。常に前へ前へと流れていく現在いまに歩みを合わせて進む。


 歩いていると出会いの季節に入り込んだ。

 今までの私なら着ないような可愛いらしい服を着て、メイクにも時間をかけて、新しい自分に生まれ変わる。

 新しい出会い。村では感じることが出来なかったトキメキの気配。何も食べていないのに見ているだけでお腹いっぱいになるような、そんな気分になった。

 新しい友達ができた。幸先の良い展開だ。

 嬉々として学校から家へと帰宅。満員電車の熱気に嫌気がさしたが、もまれながら過ぎ去った今日を咀嚼そしゃくしていたらそれを忘れていた。

 すっかり日も落ちた。

 駅から出て程なく歩くことになる。

「ねぇねぇ、一緒に遊ばない」

 絶え間ない笑顔を浮かべたチャラい男だった。上っ面は優しそうだが内面の下心が見え見えだ。

「一緒に楽しいことしようよ。嫌なことがあれば俺らが慰めてあげるからさ」

「俺らを楽しませてよ」

 彼の仲間二人が私の後ろに現れる。

 私は男三人に挟まれて動けなくなった。すぐに危険だと心が警報を鳴らしていた。

 初めて経験したこのナンパはとても怖くて身動きをさせてくれない。優柔不断な私は、きっぱりと断る力を持ち合わせていなかったようで彼らのてのひらの上で動かされていった。

 彼らの気持ちや周囲の空気などに逆らうのが怖くてあれやこれやとなすがままに身を任せていたら、いつの間にかナンパ男らの家に連れ込まれていた。

 口車に乗せられたのかも知れない。ただ、場の空気に逆らえなかっただけかも知らない。しかし、そこにいることは紛れもない事実。もうこれ以上引き返すことはできない。

 目の前に出される食はきっとゴーヤやセンブリ茶のように苦いものだろう。いや、きっと地面の土のように食べれるものですらない気がする。そして、それを食べなければならない。

 後悔してももう遅かった。

 どうなってしまおうと受け入れよう。人生は良いこともあれば悪いこともある。この日はとても悪い日であって、明日は良いことがあるかも知れない。

 彼らの家に閉じ込められた私は男らの下心に触れていた。

「よしっ、じゃあ楽しいことしよっか」

 肩を掴まれた。男の人は力が強くて動けなかった。

「よしっ、俺の番からだ」

 彼は服を脱げ始め下着一枚となった。

 ああ、ここから私は──


「はい。これでアイツの尻を叩いて」


 そう言って渡してきたのはムチだった。何が起きてるのか分からず思わず口をあんぐりさせていた。

「ほら、はやく」

 私は流れに任せてソイツにむち打ちする。高鳴りする音と男の悦び喚く音が奏でられた。皮膚は赤く腫れている。

「こ、今度は俺をふ、踏んずけろ。いや、踏みにじってください」

 何がなんやら。この状況がよく分からないが、彼に言われるまま、さっきまで感じた後悔を隠すよう強く彼の大切な所を踏みつけた。

 悶絶しながら悦びに浸る男。

 どんな気持ちでいればいいのか分からない。

「おい、これ着てよ」

 そう言って渡されたのは恥ずかしい格好のものだった。単なる水着ではない。彼らに見られないように着替えた。鏡を見ると、女王様の私がそこにいた。

 思ってたのと違う。いいえ、ここまでくると思ってた通りなのかも知れない。

「よしっ、次は俺の番だ。叩いてくれよ、なっ、女王様」

 言葉が出ない。このイレギュラーにどう対応すれば良いのだろうか。そもそも、私って女王様のようなドエスな女に見えていたのだろうか。

 思ってたのと違う味に戸惑っていたが、二口目にはもう慣れた。

「おい、アタシに口答えするなんて許さないよっ」なんてことを口走りながら、マゾナンパ氏らを痛めつけていった。


 イレギュラーな経験を思い出すと何故かクスクスと笑ってしまいそうになる。

 家でふとお守りの本を手に取った。その本は何もかも真っ白で何も書かれていないはずだった。だが、何ページに渡って文字が書かれていた。



 過去の自分へ

 過去は変わっているのでしょうか。みにくい男どもにひどいことされていないでしょうか。私は酷いことをされて寝れない日々を過ごしました。もう心は限界で明日を命日にすることにしました。

 この本が本当に過去を変える力があるのか疑心暗鬼ですが、きっと変えられると信じて私はここに記します。あの日を、最悪の人生を変えてくれることを信じて。

 親愛なる私に送る。

 さようなら──



 その文字は丁寧で冷たくて悲しい。

 無意識的に、私の瞳から冷たいしずくが落ちていた。きっと過去を変えられた未来の私が思わず流したのだろう。

 真っ白な御守本は涙に濡れていった。

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