第4話
さて、待ちに待ったガーデンパーティの日、節子は朝から大興奮して浮かれきっていた。
何しろ『悪役令嬢モノ』を読み漁っていた節子、物語の中で何度も見た貴族のパーティというものに参加できるのだというだけでもテンションはあがる。
会場に足を踏み入れた瞬間、彼女はついに感極まって叫んでしまった。
「あらまあ、すごい! まるっきり『ウマコイ(コミカライズ版)』と同じじゃないの!」
何しろウマコイガチ勢である節子は、もちろんコミカライズ版も余さず読んでいるのだから、このシーンをはっきりと記憶していた。
「まあまあまあまあ! あら~、テーブルやお料理の配置まで、まるっきりそのまんまじゃないの!」
場所は皇宮の中庭。
芝生を敷き詰めて周りを植栽で飾った広場に真っ白いテーブルクロスをかけたテーブルを並べて……我々にもわかるように言うならば、ガーデンウェディングの会場のようなしつらえなのだ。
もっとも、作画を担当した漫画家は、ガーデンパーティのシーンを描くのに数々のホテルの中庭を参照にしたのだろうし、当然っちゃあ当然。
しかしその風景も、中世風のドレスを身につけた貴婦人や、モーニングを着た諸侯たちが歩き回ることによって、マンガで見るような異世界ファンタジー感がゴリゴリに醸されている。
「あら、あの人、マンガで見たわ、あの人も、あの人も!うれしいわ~、マンガの中に入ったみたい」
駆けだそうとする節子の手を、若いメイドが引き留めた。
「お待ちください、アンナさま」
このメイド、先日、前世の記憶を取り戻した節子の元へ真っ先にやってきた、あの若いメイドである。
名前は『リタ』といい、アンナの身の回りの世話をするために置かれた専属メイドである。
彼女は同時にお目付け役でもあり、こうした場でアンナが淑女らしくない行いをしたならば咎める権限を持っている。
「アンナさま、今日はこうした席ですので、井戸端会議ごっこはお控えください」
「別に井戸端会議ごっこなんかしてないわよぉ」
「いえ、その、下町のおばちゃんみたいなしゃべり方をですね……」
「あら、やだ、私のしゃべり方、おばちゃんくさかった?」
「ほら、今だって」
「そうね」
コホンと咳払いをして、節子は声音を整える。
なんのことはない、小説の登場人物を演じればいいのだから、簡単だ。
少し高飛車に、お嬢様っぽく……
「これでどうかしら、リタ?」
「大変によろしいです」
そのあともリタは、ドレスを汚さないようにだの、用事ががあればすぐに自分を呼ぶようにだの、いくつかの注意を聞かせた。
何しろ今日のアンナは、娘を溺愛する公爵がオリーブ色のモスリンで特別に作らせたとてつもなく高価なドレスを着ているのだから。
公爵はドレスの一着や二着、気にもしないだろうが、その値段をうっかり聞いてしまったリタが「やばい、私の給料二年分じゃん」と、完全にビビってしまったのだ。
それに、子供が着るには渋い色合いではあるが、そのオリーブグリーンはアンナの燃えるような赤毛を引き立たせて美しかった。
「今日のアンナさまは本当にかわいいんだから、令嬢らしくふるまってくださいよ、そうしたら皇子だっていちころってやつです」
「リタ、地が出てるわよ」
「こ、これは失礼いたしました」
「っていうか、忘れていたわ、これ、イベントなのよねえ」
『ウマコイ』読者だった節子は知っている……このパーティの最中、退屈した皇子は会場を抜け出して王城の堀に落ちてしまう。
そこへ助けに入った正ヒロイン――アンナをずっと初恋の人として胸に抱いて成長していくという、本編では『思い出』として回想シーンにしか出てこないエピソードなのだが……。
「なるほどねえ、お話を読んでいるのと違って、お話の世界を生きているんだから、思い出イベントが先に来るのね」
つまりこの会場でアンナがするべきは、川に落ちた皇子を助けることであると。
「あれ? でも待って、これって確か、『ウマコイ』では、本当に皇子を助けたのはジェレスちゃんだけど、皇子が勘違いしてるっていう人魚姫パターンだったような……」
しかしそれは、本当ならアンナが皇子を助けるはずだったタイミングにジェレスが居合わせてしまったから、だったような。
つまり……
「あー、めんどくさい」
節子は考えるのをやめた。
今から会場の中でジェレスを探し、彼女と打ち合わせをすればいいだけの話だ。
ここはウマコイの物語の世界なのだから、ジェレスもきっと転生者に違いない。
そんな確信が節子にはあった。
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