商売しましょ(2)【天正14年3月13日→天正14年5月】

 色々あって、銭百貫の価値のアイデアを出すことになりました。


 ぶっちゃけ、ふざけんなって言いたい。

 銭百貫を六歳児に要求するとか、ちょっとどころでなく無茶が過ぎない?

 与四郎おじさんにも困ったものだ。

 芳香蒸留水と精油のために蘭引を使いたいからがんばるけど。がんばるけどさあ。


 あの後、与四郎おじさんと話を詰めた。

 回答期限は、十日後。次のお茶のお稽古の日までと決まった。

 アイデアの種類はなんでもOK。食品でも、工芸品でも、日用品でもいい。

 与四郎おじさんに銭百貫の価値を認めさせることができれば合格だ。

 うーん。自由課題って、わりと難しいものだ。十日という期間の短さもあって、じっくり悩む暇がないのもきつい。

 それでも無い時間にちょっと焦りながら、さんざん考えて決めた。

 私にできること、私のやりたいこと、私の得意なこと。

 やっぱり、美容関係だ。それが一番やる気も出るし、成功率だって悪くないと思う。

 すぐ手に入って、簡単に作れて、利便性がわかりやすいものを提示してみよう。さいわい、心当たりはちゃんとあるしね。

 資金面も大丈夫だ。丿貫おじさんと母様には、ちゃんと初日に話して協力を取り付けた。あまり高価なものじゃなければ、問題なく買えるだろう。

 残りの時間は材料を集めて、物を作る予行練習を重ねるだけだ。

 よっしゃ、なんとかなる気がしてきた。まずは買い物にいこ!



「母様~! 丿貫おじさーん! ちょっと街に出掛けたいんだけれど~!」






◇◇◇◇◇◇◇





 しゅっ、しゅっ、しゅっ……。

 小刀で竹を削る音が、一定間隔で縁側に響く。

 佐助の小刀を操る手付きは鮮やかで、器用なもんだなと感心させられる。

 あっという間に指の長い手の内の細い竹筒の表面が滑らかになっていく。



「こんなもんですかね」



 ふっと息で屑を吹き飛ばし、佐助が竹筒を渡してくる。

 受け取ったそれを、私は先に削り出された部品と組み合わせてみる。

 木製のネジ棒の付いた底皿に竹筒を装着して、開口側から中を覗く。うん、ぴったりと嵌まっている。目立つ隙間も見当たらない。

 次に、底皿のネジ棒を回してみる。くるくると、まっすぐ上に向かって螺旋が動く。考えていた通りの滑らかな動きだ。

 最後に、開口部を覆うキャップを被せる。これもすんなりと嵌まった。軽く逆さにしても落ちてこないので、実用に耐えるだろう。



「ばっちりよ。ご苦労様」


「そりゃよかった」



 にっと佐助が笑う。チップとして草餅を渡すと、嬉しそうに食べ始めた。



「あなたが器用で助かったわ。こんなに綺麗に仕上げてくれるなんて」


「お役に立ててなによりですよー」



 出来上がったものを眺めていると、思い出したように佐助が話しかけてきた。



「そういやこれ、なんなんです?」


「あら、言ってなかったかしら」


「聞いてませんて。姫様は図面と材料を持ってきて、これ作れとしか言わなかったじゃないですか」



 俺だって暇じゃないのに、と佐助がじとりと見下ろしてくる。主人の姫になんだその目は、貴様。

 まあでも、よくわからんものを作らされて疑問でいっぱいな心境はわかる。

 竹筒を手のひらでもてあそびながら、私は佐助の疑問に答えることにした。



「それじゃ教えるわ。これはね、今日与四郎おじさんに見せるものよ」


「とと屋の旦那にですか。あれですか、姫様が旦那に出された商売の種ってやつで?」


「あたりよ。正確には、提示する商売の種を入れる容器がこの竹筒容器なの」



 佐助はよくわからんって顔をしている。

 まあそうだろう。中身が入ってなかったら、ただの変な筒型容器でしかないもんね。



「ま、中身を入れてからのお楽しみってことよ」


「へえ。何を入れるんですか?」


「それはねー……」



 しばらく佐助と駄弁っていると、侍女がやってきた。

 与四郎おじさんがやってきたらしい。筒型容器を懐に仕舞って、私は立ち上がった。



「容器作り、ありがとうね。草餅は置いていくから、ちょっと休憩していいわよ」


「はい、ありがとうございます。ゆっくりさせていただきますわ」


「それじゃまた。完成したらあなたにも見せてあげるわね!」



 そうして私は茶室へ、いや、戦場へ向かったのだった。








「お与祢ちゃん、用意はでけたか?」



 十日ぶりに会う与四郎おじさんが、楽しげに訊ねてくる。

 私は少し武者震むしゃぶるいしながら、にっこりと迎え撃った。



「もちろんよ、与四郎おじさん」



 材料は揃えた。練習もした。残すタスクはこの場で実演して、プレゼンを行うだけだ。

 目配せをすると、丿貫おじさんは大仰に頷いた。そして芝居じみた恭しい仕草で、準備しておいた品々を乗せた盆を差し出してくれる。

 丿貫おじさんと目があった。ちょっと面白そうに目を光が宿っている。

 練習に付き合ってくれた際に、流石の与四郎おじさんが驚くに違いないとはしゃいでいたのを思い出す。

 なら、ご期待に応えなくっちゃね!



「さて、本日提案させていただくのは、新しいタイプ、いえ、形の紅です」


「ほう、紅というと化粧品やな?」


「そうよ、あの紅猪口べにちょくに塗って売られている紅ね」



 この時代の口紅は、現代のようなスティック型ではない。

 基本的に、紅猪口か蛤の貝殻に塗られて販売されている。

 そうした器に塗られた紅を湿らせた筆や指で溶いて唇に塗って使うものなのだ。

 なぜそういう形式なのか。それは技術的に紅を固形化するすべがなく、スティック型の容器も発明されていないためだ。

 なので今は、紅を塗る際に指が汚れてしまいがちなのである。



「ここまではいいかしら?」


「ええよ。確かに今の紅は塗るたびに筆や指が汚れる。

 それを洗うのが面倒……そういう問題があるな」


「うん、だからね、指を汚さないで紅を塗れる品を作ってご覧に入れるわ」



 与四郎おじさんの片眉が上がる。

 フフ、良い反応。ここからどんどん驚かせるぞ!



「まずは沸騰したお湯をこの桶に注いで、そこに陶器の湯飲みを入れます」



 丿貫おじさんが出してくれたお湯入りの木桶に、私は大きめの湯飲みを浸けた。

 次に、お湯に半分ほど身を沈めた湯飲みへ、椿油とモクロウを削ったものをだいだい三:一の割合で入れる。

 本当はミツロウが使いたかったけど、手に入らなかったので晒しのモクロウで代用した。



「これをよくよく混ぜながら、少しずつ色粉を足します」



 丿貫おじさんが混ぜてくれている湯飲みの中へ、薬包に包まれた色粉を分けて投入する。

 色粉は葛粉をベースにしたものを、二種類使っている。紅の液で染めた赤と、クチナシの実で染めた黄色だ。

 これを混ぜ合わせて、クリアなオレンジを目指す。

 オレンジは唇の血色感を上げて、顔色をよく見せてくれるカラーだ。

 今の紅は赤オンリーだから、目新しさを演出できると思って選んだ。

 最初は、可愛いピンクを作ろうと考えていたんだけどね。白い顔料が鉛白しか見当たらなくて諦めた。

 綺麗だからって、私は毒物を口に塗りたくない。人にだって塗らせたくない。

 それにしても京都の街で見た鉛白、白粉だって言ってたな……。

 前近代の白粉が毒物ばかりという知識はあったけれど、実際に見るとおぞましすぎる。

 白粉が必要な年齢になるまでに、なんとか代替品を探すか開発しなくちゃなあ。



「お与祢、粘りけが出てきたで」


「はいはい、じゃ、次の行程ね」



 そんなよそ事を考えている間に、口紅が固まり始める寸前になっていた。

 思考を切り替えて、佐助に作ってもらった容器を出す。丿貫おじさんに手伝ってもらって、粘りの強くなってきた口紅を容器に詰めた。



「これで一旦終了よ。後はしっかりと固まるのを待つだけ」



 とん、と与四郎おじさんの前に、容器を置く。

 


「ここまでで、何かご質問は?」



 腕組をして見守っている与四郎おじさんに、微笑みかける。

 どっからでもかかってこい! 受けて立つぞ!

 じっと、おじさんを見据えている。ややあって、与四郎おじさんは腕を解いた。



「目新しい手法やな。軟膏作りに似てるようやけど」


「おおむね同じようなものよ。私は軟膏よりも固く仕上がるように材料を配合しているわ。

 色粉を添加しなければ、男性も使える保湿軟膏として売れるよ」


「さよか、さよか……丿貫殿、医師としてあんたはんはどう見なさる?」



 与四郎おじさんが、ちらりと丿貫おじさんに視線を送った。私も丿貫おじさんに顔を向ける。

 だが、注目の的の丿貫おじさんはのんびりとしたものだ。余った口紅を蛤の貝殻に移し終えて、冷めてきたそれを指でいじる。

 そうしてから、ようやく丿貫おじさんは口を開いた。



「お与祢の申すことは、まちごうとらんよ。木蝋モクロウも、椿油も、軟膏によう使うものや。

 肌のかさつきや炎症を抑えて、正常な状態に戻す効能があるんやわ。

 ゆえに、適量で使うなら人の体を害するものやない。わしが保証しよう」



 丿貫おじさんの回答に、与四郎おじさんが満足げに笑った。

 ご納得いただけたらしく、ほっとする。



「材料は椿油と木蝋でしかでけへんのか?」


「モクロウはミツロウにするとより良いと思うよ。高価だけれど、その分だけ触感が良いから。

 椿油はそうね、白絞りの胡麻油でも代用可能よ。

 ただし、配合の割合は同じにしないとだめ。固まり具合が変わるから注意をして」



 ついでにオリーブオイルやひまし油キャスターオイルも向くと付け足す。

 今の日本にあるオイルはバリエーションが少ないんだよ。メインがえごま油と胡麻油、サブに椿油があるくらいでびっくりしたわ。

 可能なら、肌に良いオイルのバリエーションが増やせるだけ増やしたいところだ。

 与四郎おじさんにどういうものか聞かれて、原材料のオリーブとトウゴマのことも話してアピールしておいた。

 ひまし油は中国大陸の方にあったはずだ。おそらくすぐ見つかると思う。

 オリーブは遠く地中海が原産だけど、まだ鎖国していないからがんばれば見つかるでしょ。

 二つとも日本国内での栽培が可能だし、わりと良い商売にもなると思うんだよね。

 そんなことを話しながら、思い出したことも付け加える。



「油といえばだけど、この紅の本来の作り方では精油も入れるのよ。

 そうすると香りが良くなって、精油の薬効も添加できるの」


「精油をかいな! ほな、いままでの紅とずいぶん違うものになりそうやな?」


「もちろん。今紅を入れた棒状の容器と合わせれば、利便性も格段に上がるよ。

 指を汚すことも、道具が必要なこともなくなる。

 手のひらに収まる大きさだから、懐に忍ばせて置けるのも売りになるわ」



 それから手指で唇を触る機会が減れば、感染症を拾うリスクを減らせるというメリットもある。

 これも私がリップスティックを作ろうと考えた理由のひとつだ。

 ヤバイ病気が現代よりも跋扈している世界で生きていくんだ。罹患リスクはできるかぎり排除したい。



「材料次第で紅自体の生産費用も高すぎないことも、おすすめの利点ね」


「どういうことかいな。もそっと、詳しゅう」


「庶民向けには、安く作れる竹製の棒容器に入れて安い値で。

 富裕者向けには、凝った装飾を施した棒容器に入れて高い値で。

 そういうふうにすれば、幅広い購買層を狙える商品に仕立て上げられるわ。

 ついでに価格に合わせて、使う材料を変えてもいいわよ?」


「金持ちには高いもんを、それ以外のもんには安いもんをってことやな」



 にやりと与四郎おじさんが笑う。どうやら私の意図に気づいてくれたらしい。

 ターゲットにする購買層によってパッケージと中身を変えるのは、化粧品業界においてよくあることだ。

 例えば、ドラッグストアや量販店で売られるプチプライスコスメ──通称プチプラと呼ばれる安い価格帯のコスメ。

 ターゲットとなる購買層は、メイクに興味を持つ一〇代の女の子から、メイク慣れした社会人女性まで幅広い。

 一〇代の子は資金力があまりないし、社会人女性は頻繁にメイクをするから消費率が激しい。

 だから価格を安くするため、パッケージをできるかぎり安い材質にする。

 その代わり中身とデザインには妥協しない。ダサイ見た目上に中身もしょぼいでは手に取られないからね。各社が全力でニーズやコンセプトに合うものを作る。

 これに対して、デパートに店舗を構える高級ブランドコスメ──通称デパコスと呼ばれる高い価格帯のコスメは逆をいく。

 デパコスは、ターゲットになる購買層を社会人以上の資金力がある人々に設定している。

 だから特別感や高級感を出すため、パッケージも中身も全力で良いものに仕立てる。

 宝石みたいに綺麗な、心ときめくデザイン。高いだけはある品質にすることで、デパコスを所持したいという購買者の気持ちを煽るのだ。

 


「……面白いやんか」



 懐から出した帳面に、私の話すことを書き付けながら与四郎おじさんが呟く。

 良い反応だ。手応えを感じて、私はほくそ笑む。もう一押し、がんばってみよう。

 冷ましていたリップスティックの具合を確認する。十分に冷めて、固まったようだ。



「完成したみたいだわ。さてと、だれぞ母様をお呼びして」



 茶室の外に控える侍女に声をかけて、母様を呼んでもらう。

 私がタッチアップして見せても良いけれど、今は見た目が幼すぎるんだよね。

 お子様が付けても使用イメージが湧きづらいだろうから、モデルはちゃんと大人の女性の母様にお願いした。

 身内贔屓ではあるけど、母様って美人さんだからちょうどいいし。



「お待たせ、お与祢」



 母様は侍女を呼びにやってすぐに来てくれた。

 ちょっと早すぎるけど、待ち構えてたんだろうな。事前にお願いした時に、ずいぶん興味津々だったし。

 与四郎おじさんに軽く挨拶をしてから、母様が私の隣に座る。



「これが新しい紅かしら」



 リップスティックを手に取って、母様が声を弾ませる。

 そうよ、と頷いて、私は使い方を説明した。



「母様、下の部分のギザギザが入ってる部分を回してくれる?」


「ここね」



 リップスティックのつまみを、母様の指が回す。

 ゆっくりと、でも、しっかりと。充填された中身が、せり上がっていく。

 その様子に、手にしている母様だけでなく、与四郎おじさんや丿貫おじさんも目を大きくした。



「まあ、まあ! すごいわ! 中身が出てきたわ!」


「ふふふ、じゃあ出すのはそのくらいで止めて。出しすぎると折れるから」



 ちょうどいい長さだけ出たリップスティックを渡してもらう。



「こんな感じで中身が出たら、次はタッチアップ、いえ、実際に付けてもらうね。

 母様、唇を軽く開いてもらえる?」


「はぁい、こんなふうでいいかしら?」


「ありがと、付けていくね」



 ゆるく開かれた母様の唇に、リップを当てる。

 形も厚みもちょうど良い唇してるなあ、母様。普通に塗っても映えそうでよかった。

 まずはリップの角で、唇の縁を軽くなぞる。

 心配していたけれど、なかなか良い発色だ。赤みオレンジ、みたいな色味をしている。

 はつらつとした母様によく似合う色でよかった。

 塗り心地もするすると滑らかだ。付けられている母様も気持ち良さそうで、安心して内側にもリップを塗っていく。



「ふふ、少しくすぐったいわ」


「慣れないとそうよねえ。次は唇をこんな感じで閉じて、上下を擦り合わせて?」



 私が唇を閉じてむにゅむにゅ擦り合わせてみせると、母様も真似をしてくれた。

 母様の唇に、リップが綺麗に馴染んだ。色もツヤ感もばっちりだ。

 製作回数わずか二度目にしては、かなりの出来じゃない?

 最後に少し懐紙を細く畳んだ先でリップラインの修正してから、母様におじさんたちの方へ顔を向けてもらう。



「どう、与四郎おじさん」



 自信満々の笑みを浮かべて、母様も口許を見ている与四郎おじさんに声をかける。



「この紅──銭百貫のお商売になるかしら?」






◇◇◇◇◇◇◇





 二ヶ月後、堺のとと屋が新たに都と大坂に構えた紅屋から、新しい化粧品が売りに出された。


 その名を、玉柱紅ぎょくちゅうべに


 名のごとく棒状の容器に入っていて、下のつまみを回すと中身が出てくる。そんな指を汚さずに使える紅だった。

 容器は女の手に収まる程度で持ち運びしやすく、高いものには螺鈿や蒔絵、彫刻などで綺麗な意匠があしらわれている。

 思わずうっとりしてしまう意匠ばかりで、店頭で見かけた女人たちの目を引いた。

 中におさまる紅も、容器と同じくひと味違う。

 従来の赤の隣に、橙色だいだいいろという目新しい色が並んでいた。

 怪訝に思う者も多かったが、この橙色はすごかった。

 付けてみるとあら不思議。肌の白さを赤より明るく見せてくれる優れものだったのだ。

 それだけではない。この玉柱紅には、塗ると唇を美しく艶めかせる効果があった。

 どういう理屈か、赤も橙色も塗れば濡れたようにきらめく。

 その、宝玉のようなその輝きに──京阪の女人は、すべからく心を奪われた。



 あとはね。もーすごかった。とんでもなかった。

 老いも若きも、金持ちも庶民も、リップスティックを買い漁り始めたんだよ。

 最安値商品の設定が、庶民でもちょっとがんばったら手に入る金額なせいだろう。

 与四郎おじさんの紅屋は、どこもかしこも連日開店と同時の完売祭りらしい。

 一部店舗では奪い合いの乱闘騒ぎが起きたと聞くから、とんでもないブームの加熱っぷりだ。あきらかに供給が追い付いていない。

 豪華パッケージ・高品質の高級ラインもめちゃくちゃ売れている。

 吉野太夫よしのたゆうという超一流遊女さんが愛用し始めたとか、関白秀吉が自分の妻たちにねだられて大量発注をかけたとかいう噂も流れている。

 アイドルやセレブが愛用するコスメを、真似して欲しがる心理みたいなものだろうか。

 その噂がまた庶民の購買欲に火を付け、売れ行きをさらに加速させているようだ。

 いやあ、えぐい勢いで売れてるね。大ヒットなんて生ぬるいレベルじゃない何かだ。

 リップスティックを仕掛けた張本人の一人は私だけど、ここまで流行るとは思わなかった。

 販売に踏み切った与四郎おじさんはというと、引いている私とは反対に笑いが止まらないみたいだ。

 そりゃそうだろう。通常の紅よりローコストな商品が飛ぶように売れているのだ。

 商人的に美味しすぎる、この世の春って状況だ。

 この間もらった手紙には、中身と容器を作る職人を増やしまくって、海外輸出も視野に入れ始めたと書いてあった。

 商魂たくましいな、与四郎おじさん。楽しそうでなによりだよ。

 

 ま、そんなこんなだから、蘭引の使用許可が出た。

 蘭引のレンタル料なんて軽く越える利益を、リップスティックが叩き出したんだもんね。

 当たり前と言えば当たり前だけど、めちゃくちゃ嬉しい。

 うきうき気分で予定を決めて、来月六月の中頃に堺の与四郎おじさんのお屋敷で、精油抽出の実験をする運びとなった。

 そのために外出許可を母様から得たり、与四郎おじさんと手紙のやり取りをしたりと大変だったけれど……。




 ばんざーい! やっと芳香蒸留水と精油が手に入るぞ───!

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