第47話 火竜

ゴウゥッ


次の瞬間、強烈な爆風が吹き荒れ紫苑たちを襲った。

その凄まじい熱の塊に、紫苑は考える前に体を地に伏せ、「湧っ」と短く呟き懐の簡易符に触れた。


ざあぁ、と簡易付から湧き出た水が紫苑を覆う。


「っ…!」


水の盾に守られながら、紫苑は必死で前方を見た。

真っ白い煙に包まれて何が起こっているのかまったくわからない。


棗は、王立軍は、いったいどうなってしまったのか。


混乱する頭の中で、彼らの身を案じながらも紫苑の本能がうるさいほどに『ここから離れろ』と警鐘を鳴らしていた。


這いつくばった地から、ズゥン…ズゥン…と巨大なものが何かを引き摺りながら歩く振動が響く。

紫苑の背中に、熱さからのせいではない汗が流れた。


精霊までもが身を潜めている。


それほどまで、危険なもの…


――間違いない、飛竜だ


紫苑は自分の確信に身震いしていることに気がついた。

いや、武者震いか。


しかも、この飛竜は、火竜でもあったのだ。


紫苑は知らず詰めていた息をそっと吐き出し、懐の術式を数える。

水系統の簡易符は全部で10枚。

今1枚使ったから、残りは9枚だ。

精霊の豊富な森にいるため、術の精度には問題ないが、果たしてこの枚数の術式で戦えるのかどうか。


紫苑は精霊使いであって魔術師ではない。


精霊使いは精霊と直接コンタクトが取れ、加護を受けることができるが、その加護の方法を選べたりはしない。濁流のように注がれる加護をただ受け止めるだけだ。

一方で、魔術師は術式に言葉を刻むことによって精霊と間接的にコンタクトが取れ、その周波数をある程度コントロールして合わせることができるのだ。

紫苑の持っている簡易符も、そのどこぞの魔術師が作ったものだ。


(まあ、でも俺がここで死ぬことはないか…)


思い込みではなく、それは事実であった。


精霊は気に入った人間を守る。

快楽主義の彼らは、自分たちが傍にいて心地良い存在をみすみす手放したりはしない。


精霊が少ない地では加護が受けにくいが、白杏の森ならば問題ない、と危機的状況にも関わらず紫苑は冷静に判断していた。


…それに、自分よりも


見動きのできない状況に苛立つ。


何より棗のことが気がかりだった。


前方を見据えても、濃い煙幕のせいで見通しが効かない。


炎が棗の方へは届いていないことを願うばかりだった。


その時―――

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