第19話 不穏
魔術師らしき男が消えてから、痛いほどの静けさが森に戻った。
足下には伏し、動かない男達の姿が三つ。髪を乱れさせた長身の男が特に興味も無さそうに転がる男達を見遣り、仮面をつけた男に声をかけた。
「…これで確信しましたね」
仮面の女はこくりと頷く。
「うん」
くぐもった声で返答した女はゆっくりと仮面を外した。その貌を顕わにする。光を浴び、映し出されるその表情ははっきりと浮かび上がり、何かに嫌悪するように固く眉根を寄せていた。
「…ふ」
その表情を見た途端、男は盛大に吹き出し、堪えきれないといったように腹を抱えて笑いだした。
「あ、あの男…っ…」
「…ちょっと黙って」
至って真面目な態度に月は一層笑い声を大きくしたが、アヤメからしてみれば冗談ごとではなかった。
視姦される、というのはああいう気持ちなのだろうか。
全身を舐め回すような目付き。自分の奥底まで蛞を這わされる、あの視線にはアヤメは堪らず総毛立った。
まさかこんなところで犯される気分になるとは思わなかった。執拗な視線を思い出してしまい、胃が痛くなる。
暗がりだったし、何か勘違いしたのだろう、きっと。いや、絶対。そうであってほしい、頼むから。
口を曲げながら、笑い続ける月を無視して仮面を腰紐に引っ掛ける。
それにしても―――。
目元まで覆った黒い外套。あの魔術師はいったい何者だったのか。
一般的な魔術師らしい格好ではあったが、略式呪文に簡易詠唱を軽々と使ってみせたからには、並大抵の魔術師ではないはずである。
「厄介な男に惚れられましたね」
「やめて」
ひとしきり笑った月が、目元を拭いながらアヤメに話し掛ける。
「空木が雇ったのには違いないでしょう。
ですが、空木は魔術学院と折り合いが悪いので有名です。何故あれ程までに力のある魔術師を雇えたのか…、甚だ疑問ですね」
これにはアヤメも同意見だった。
軍人らしい気性を持つ空木と、自尊心の高さでは天にも届く魔術師はいっそ清々しいまでに気が合わない。水と油の関係である。その空木が、いくら金の力があるとはいえ有能な魔術師を雇えるとは考えにくかった。
そして、わからないことは他にもある。
月の手の中に閉じ込められた紙に視線を向ける。
術式の書かれた紙。これは何の術であるのか。あの魔術師が術式を完成させようとしている時、地から染み渡っていく禍禍しい気配を感じた。一瞬で白杏の森すべてを支配しかねない、不穏な空気。アヤメは肌で感じ取り、だからこそ術式がどんなもの見定めるのも放棄して護衛達を襲撃したのだった。
「…先生に訊いてみるか」
師である銀葉は魔術師でもある。それも、白杏の長を退いてからも中央にわざわざ呼ばれるような、強力な。
月が頷く。
「そうですね。あの方なら何の術式であるかわかるでしょう」
「ああ」
護衛の処遇についてどうするかを月とあれこれ話し合っているうちに、アヤメはふと思い出したように、あ、と声をあげた。
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