第39話 昔の鮎
「なぁ、麦」
「何だ?」
「雪隠行きたい」
「早速覚えた単語を使ってるのか、ってマジカヨっ」
「あの話聞いて、背筋がぎゅーときて、そしたらすごく行きたくなった」
「いや、駅に着くまで待てよ。次が最寄り駅なんだから」
「うん、我慢する」
「ちなみに聞くけど、その体になって漏らした事あるか?」
「いっかい…いや、あれは不可抗力、付いてない事に気付かなかったからノーカン」
まったく世話の焼ける。
体が小さくなったせいか、鮎は微妙に甘えたり頼ったりするようになってきた。
以前は俺について来い的な行動しているクセに、肝心な所では手を抜く。
何と言うか、生き方が上手い奴だった。
それが膝枕を要求したり、一緒に布団に入りたがったりと。
ん?甘えてると言うか、体目的か?
まぁ、小さい子は嫌いじゃない。
だから好きなようにやらせているが、鮎の奴は俺のツボを心得てやがる。
どういうおねだりの仕方をすれば俺が素直に言う事を聞くを研究しているんだ。
以前、お互いに男だった頃、酒を飲んだ勢いで馬鹿な事を口走った事があった。
「俺、鮎とは凄い相性がいいと思うんだ、どっちかが女だったら絶対に告白してたわ」
相性というのは性格の事だ。
かなり酔ってはいたが、本心ではあった。
俺が女だったら、絶対惚れている自信があった。
遠慮なく言い合える関係というのが心地良い。それは女同士になった今も変わらなかった。
思えば、この体は鮎の好みなんじゃないだろうか。
そう思えばこの体になった意味が判る、鮎好みの女になれたらと願った気がしなくもない。そういう意味じゃ理想の体だ。
なら、鮎はどうだ?
俺好みの女になろうとしたのか?
何か微妙に違ってはいるが結構好きだ。性的な物は湧かないが保護欲が掻き立てられる。
鮎のこの小さい体を見ていると、養いたいって気分でいっぱいになるんだよな。
もし、もしもの話だが、鮎が男にもどったら抱かれても良いとは思っていた。
だが今となっては鮎の隣に笹原さんがいる以上、俺は鮎と関係を持つ気は無くなっている。
女体化のタイミングがずれて、笹原と鮎がくっ付かなかったら俺は鮎と…。
「麦っ、着いた、駅に着いたよ」
「あ、ああ、降りようか」
「お願いがあるんだけど」
「顔が真っ青だが、大丈夫か?」
「そろそろ本気でヤバイ。自力で動けない、トイレに連れてって…頼む」
「脇を掴んで持ち上げるぞ、我慢しろよっ、せーのっ」
「ふおっっっっふっ」
「まさか」
「いや、まだ大して出てないっセーフだ」
「アウトだろ…」
「まだ、ちょっとだけだからっ、ほんの少しだけだからっ」
急いでトイレに連れて行き、個室に放り込む。
だが、個室のドアの隙間から、手が出てる。ちょっとしたホラーだな。
「なぁ、早くしてしまえよ」
「ごめん、一人で個室怖い…」
「雪隠の話まだひきずってるのかよっ、まったく、何処まで怖がりなんだ」
俺は個室内に手を伸ばし、手を握れる状態を作ってやった。
「片手じゃ上手にできない…」
「ワンピースをたくし上げて、パンツ降ろすだけだろ、一瞬手を離せばいいだろ」
仕方なく、掴まれていない方の手でワンピースをたくし上げて、パンツは自分で降ろさせた。まるでツイスターゲームだな。
ちょろちょろと股間から出る所が丸見えで俺は一体なにを見せられているのかと思った。
用が終わった後、鮎はすっきりした顔で俺に言う。
「麦が居てくれて助かったよ」
それはもう、可愛く、俺もつられて微笑んでしまうような顔で。
そして俺の首に手をまわし抱き着いてきた。
「ありがとうな」
「そういうのは手を洗ってからにしような?」
「なぁ、鮎、もうちょっと女の恥じらいを覚えたらどうだ?」
「いや、だって、麦は今女だし、男でも余程のロリコンじゃなきゃ俺の裸を見ても喜ばないだろ?」
「こないだ言ってた奴なんかは、大喜びだったらしいじゃねえか」
「ああ…あれは特別だろ、というか嫌な物思い出させるなよ、あれ軽くトラウマなんだぞ」
「そうなのか、てっきり性的ないたずらに耐性があるのかと思った」
「そっちなら、まだどうにか…」
「うん?」
「なんでもない」
そっちじゃないならどっちなんだよ。
そう言いかけたが、喉元以上には出てこなかった。
鮎が苦手なのは、グロ、ホラー、あと幽霊そのもの。
鮎がそういうのを苦手な理由を知っている。
子供の頃に目の前で両親があんなことになったら、苦手にもなるよな。
そういえばその事件が起こったのは小学校に入る前くらいか。
あれから、親に甘えれなくなった。
鮎は甘える先を無くしたんだ。
もしかすると、鮎はもう一度その年齢から甘える事をやり直したいのかもしれないな。
まぁ、それだと女になった理由はわからんが。
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