第8話 協定が今日定義されました

 食器を洗うのも、笹──…、彩月さつきさん……やってくれる。

 彩月さんって名前、可愛いよなぁ。


 もちろん最初は俺がやるって言ったけど、危ないから遊んでてくださいと諭された。俺だって踏み台があればできるんだ。無いからできないけど。



 ポンポコポポン♪ポンポンポンポン♪ポンポコポポン♪


 ピッ


 麦村からのメッセージだった。


『お前、なんで引退するんだよ。俺と一緒に戦った日々は何だったんだ、あの熱い日々を取り戻そうぜ』


 恐らく、ログインしたらギルドのメンバーが俺の話題で騒いでいてそれを聞いたんだろう。返事はお決まりの言葉をメッセージで送った。


『引退じゃないよ。俺が休止してアカウントをちょっと貸しているだけだ、復帰したらまた一緒にプレイしようぜ』


 まぁ今まで課金した分、なんかもったいないから辞めれないんだけどな。

 だけど、このままではギルドの皆に迷惑をかけてしまうから、俺に合ったマウスやキーボードを購入せねば。


『わかった、じゃあ新鮎ちゃんによろしく。子どもが使いやすいマウスとキーボードを注文しておいた、明日にはお前の家に届くだろう』


 欲しいと思った瞬間に手に入る手筈が整ってしまった。ちょっとラッキーだ。


 それは兎も角、とりあえずゲームにログインしよう、どんな話が飛び交っているのか気になる。

 俺がログインすると、システムメッセージが大量に流れた。


【お知らせ】炭酸電源様から、武器ガチャ権が100枚のプレゼントが届きました。

【お知らせ】ぴちょん様様から、プレミアムチケットのプレゼントが届きました。

 ※武器ガチャ権、超強い装備が出る運試しチケット。1枚に付き1つの武器が手に入る。

 ※プレミアムチケット、使用中経験値UP等色々な優遇処置が受けれるチケット。


 そんな感じのプレゼントが30人から、ゲーム内のメールも31人から。スマホを確認するとディスゴッドの方に個別メッセージが大量に送られてきていた。


 メッセージの大半はまたお話しようとか、また写真を送ってほしいとか。今度二人でダンジョンに行こうとか。

 俺としてはかなり頭が痛く、ぞっとする状況だ。

 いくら男比率が異常に高いギルドだとはいえ、これはやりすぎではないか。

 下ネタも平気で言える気さくなギルドで気に入っていたのだが、女一人(しかも幼女)が入っただけでコレかよ。

 欲しい物があるなら、自分で課金するわ!プレゼントもらってちやほやさしたらデレると思うなよ!


 プレゼントはすべて受け取らなかった。拒否はできないけど、30日間受け取らなかった場合、送り主に戻される。

 あ、でもプレゼンの中に今では入手不可の欲しかった武器がある。これだけ貰って…いいや、ダメだ!

 俺は女だからって貢がれて戦闘でも何もしなくてもいいという、姫プレイのが一番嫌いなんだよ!


 カチッ


 あ、受け取ってしまった。


 受け取るかどうか兎も角、メールは全て目を通した。その中でぐるぐる太陽からのメールに目が留まった。ギルド内でナンバー5の位置にあり、ギルド同士の戦いでは参謀的な提案する有能な奴だ。こいつからはプレゼントが届いていない事に少し好感を持てた。思っていた以上に硬派だな、嫌いじゃないぜ。


 だが、ぐるぐる太陽からのメールは長く説教っぽくて、注意を促すものだった。

 音声通話は極力しないように、ビデオ通話は絶対駄目、オフ会も絶対行っては駄目だといった内容だ。

 ※オフ会、ゲームで知り合った人とゲーム外で実際に会う事。

 最後に、あまりエスカレートしたら警察に通報するとまで書かれていた。怖いよ!


 ネットリテラシーを知らない子どもと思われたんだろうな。

 あの程度なら、まぁ良いだろうと思っていたが、逆の立場なら同じように注意していたかもしれない。いや、この状況にドン引きしてギルドを抜けるという選択肢まで浮上したかもしれないな。


 そう思うと、ぐるぐる太陽と話したくなった。アイツがギルドから抜けられると大損害だからだ。


 音声通話を要求すると、すぐに応答してくれた。


『お母さんに怒られたのは大丈夫だったかい?』

『お母さんじゃないよ。親戚のお姉さん』


 お母さんにしては若すぎるからな、本当は恋人だと言いたいが、女同士だからそうは言えない。


『メールの事だけど、キツく言い過ぎたかもしれない、ごめんな』

『そんな事はないです、気を付けようって思いました。写真はもう絶対送らないし、オフも行かないようにします』

『そうか、ありがとう、君は賢い子だね』

『プレゼントもいっぱい送られてきていたけど、全部受け取らないようにします』

『そうかそうか』

『あ、一個、欲しかった武器があったから受け取っちゃった』

『うん?君は…初心者じゃないと言う事か?』


 あ、マズっ。そうだよな、入手できない武器かどうかなんて初心者は知らないよな。


『お、お兄ちゃんが欲しがってたの、ゲームしている所よく見てたからっ』

『そうか、わかった。じゃあそろそろ』

『うん、ありがとうね太陽お兄ちゃん、またね』


 嘘をつき通す為とは言え、女子風の喋り方は精神的に堪える。


【お知らせ】ぐるぐる太陽様から、回復飴のプレゼントが届きました。


 お?中々可愛いプレゼントじゃないか。

 回復飴はイベントでもらえる限定品だが性能はたいして高くない。価値は低いので媚びたプレゼントには入らない。

 さらに個別チャットも届いた。


【ぐるぐる太陽】良い子へのご褒美だよ。


 こういうプレゼントなら、嬉しいよな。太陽、やっぱりお前は良い奴だよ。


 それから、俺へのプレゼントの禁止等のルールが決まった。のちの鮎協定である。

 プレゼントを贈って来た奴ら全員から、送った物は騒動のとして受け取ってほしいと懇願されたので、仕方なく受け取った。入手不可の武器だけを既に受け取ってしまっているので不公平と思われそうなので仕方なく…、仕方なくだ。


 その中には、ギルドマスターのぴちょん様も含まれていた。


【ぴちょん様】俺は猛省している!

【ぴちぴち鮎】そこまで言わなくても…。

【ぴちょん様】鮎ちゃん、写真…、記念に持っていていいいか?

【ぐるぐる太陽】おい、削除しろと言っただろう。

【ぴちょん様】スマン、スマン…。

【ぴちぴち鮎】あはは、どっちでもいいよ。


 スマンがどっちの意味なのか気になったが、本当にどっちでもよかった。

 俺としてはそこまで強制するつもりはない。実際に削除するしないは口約束でしかないし、確認のしようがない。


 このあと、感謝されて天使だとか言い始め、最終的に「鮎天」というあだ名が定着した。

 うまそうだけど、それって女の子に付けるあだ名か?


 まぁ明日、体が元に戻れば休止撤回してまた楽しくプレイできるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る