あゆむちゃんは今日もはたらく

なのの

─────────────線を越えるまで

第1話 非日常が日常に殴り込み

AM8:25───


 マンションのとある一室には焦ってパソコンを立ち上げ、欠勤メールを出そうとしている幼女が居た。


「始業時間まで後五分、パソコンが立ち上がるのが遅いっ、早くっ早く立ち上がってくれっ、なんでこんな時にウドンゲイズアップデートが来るんだよ!」


 どうしようどうしようどうしよう、この声じゃ電話は出来ないしパソコンは立ち上がらない、このままじゃ無断欠勤になってしまう。最近、朝起きれなくてちょいちょい遅刻してたせいで、上司に目を付けられてるんだよ。


 遅刻といってもコロナの影響でテレワークなので自宅での仕事だ。

 出勤といった移動時間はない。

 本来ならこの時間でも間に合うはずだった。

 なのに仕事用のパソコンはOSのアップデートのせいですぐに立ち上がらない。


 マイぺロソフトめ!こんな時にウドンゲイズをアップデートしやがって!許すまじ!許すまじだ!


「いや、違う、まだどうにかなる。持つべきは親友だ!」


 スマホのメッセージアプリで親友の麦村にメッセージを送る。


『パソコン立ち上がらない、体調悪いから今日休むと上司に連絡頼む』


 送った!これで無断欠勤回避だ。


 ポンポコポポン♪ポンポンポンポン♪ポンポコポポン♪


 ピッ


 返信が来た。


『奇遇だな、俺も同じ状況。流石親友』


 麦っお前もかぁぁぁぁ!

 仕方がない、こうなったら恥も外聞もない、後輩に連絡するしかない。

 スマホのメッセージアプリで後水うしろみずにメッセージを送る。


『パソコン立ち上がらない、体調悪いから今日は休むと上司に連絡頼む。お前だけが頼りだ』


 後水は後輩で唯一、メッセージアプリで連絡が取れる相手だ。新人で頼りないけど背に腹は変えらない。


 ポンポコポポン♪ポンポンポンポン♪ポンポコポポン♪


 ピッ


 返信が来た。


『うぇーい』


 どっちだ?了解って意味か?嫌だって意味か?やべえっ、二十代の感性わかんねええ!

 いや、ここは連絡を取ってくれると信じるしかない。

 落ち着け、落ち着くんだ。


 状況を整理しよう。



 俺、一ノ瀬いちのせあゆむは独身の39才、いい年こいたおっさんだ。

 職業はシステムエンジニア。

 新型コロナの影響で自宅で仕事をしている。

 所謂いわゆるテレワークをしているから引き籠りみたいなものだ。

 かれこれ、ゴミ出しと食料調達以外は半年ほど殆ど外に出ていない。

 そんな事が出来るのも全ては通販と出前のお陰と言えよう。ありがとうアラゾンドットコムとデマエカーン。


 それで、仕事も忙しくて疲れが抜けなくなってきた矢先に、この状況になった。

 朝起きたら、俺、なんか女になってた。


 最初は気づかなかったんだ。

 起きたら異常なまでに伸びたシャツ一枚でパンツすら履いてなかった。

 暖房を付けたままにしているお陰で風邪は引いていない。

 ただ、どんだけ寝相が悪いんだよって薄々思いながらトイレに行った。


 そこでアレが無い事にショックで固まっている間に尿意が限界を達し…。


 くっ……思い出したくもない恥ずかしい話だ。

 それで濡れた床を拭いたり風呂に入ったりとバタバタしていたら、遅刻しそうになったという訳だ。


「あ、あー、あ、こーんにーちわー、あ、え、い、う、え、お、あ、お」


 ああああ、なんだこの声、かわえええええ!


 会社に電話で連絡が取れない理由がここにあった。

 元の声とは明らかに違う完全に子どもの声だ。

 会社うちの会議は音声のみで行うから、低い声さえ出れば誤魔化せるかと思った。

 俺自身は裕福ではないので収入が無くなれば生きていけない。

 こんな状況下でも、どうにか仕事を続ける方法はないのかと考えている。


 俺って社畜…だよなぁ。


 音声を変える…ボイスチェンジャーってどうだろう?

 仕事用のパソコンは放っておいて、プライベート用のパソコンを立ち上げて検索する。


「ふむふむ…、なんかどうにかなりそう?やってみないとわからないな」


 とりあえず、5個ほどアラゾンプライムお急ぎ便で注文した。

 遅くとも明日の夕方には届くだろう。


 とりあえず、ご飯でも食うか。


 台所に立ったって改めて思った。

 思った以上にこの体は小さい。


 一体この体は何歳くらいなんだろうか、台所の高さと肩の高さが同じだから踏み台がないと何もできん。


 レンジは結構高い所にあった。見上げるような完全に手が届かない場所だ。

 これは脚立が要るんじゃないか?


 朝はパン派だ、トースターは低い位置にあったから余裕で届く。

 コーヒーを入れようとポットを使おうと思ったけど、ポットまでが遠くてすぐには手が届かない。仕方がないから牛乳で我慢する。


 チーン。


 トースターが『俺は仕事を成し遂げたぜ』とばかりに音を立てる。

 先ずは腹ごしらえだ。


 焼きたてのパンにバターを塗ってかじる。

 一口が小さい、食べきるのに時間が掛かりそうだ。


 もぐもぐと咀嚼をしながら思考を巡らせた。

 このあまりにも生活に不自由な体、せめて身長さえあれば…。


 脚立や踏み台も注文しないといけないかな、脚立は怖い気がするが…。

 他に何か要る物はないかな?


 う~ん、思いつかないな。


 その時、俺はなんとなく全身鏡をみた。

 肩が出る程にでかいシャツだけを着ている幼女がいる部屋。

 誰かに見られたら間違いなく通報物だ。


 やはり、服が要るか。


 いやいや、まて、落ち着け。

 明日の朝に元になったら元の姿に戻ってたらどうなる?


 女児下着や子供服が独身男性にあるなんて変だろ、置いておけばいつか見つかって誰かに変態扱いされ、捨てる時に見つかればゴミに女児服がまじってて変態扱いされ、そもそも今から注文して明日届いた時に元に戻っていて中身の説明に女児服とか書かれたら、宅配の兄ちゃんに変態扱いされるじゃねえか。


「はは、はははは、そうだ、そうだよ。明日には体が元に戻ってるに違いない!」


 こうして非日常トラブルだらけの日々が始まったのだった。

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