マイナス27等星の光明
木戸相洛
1/10:アンダーグラウンド東京
まさか君だって、真っ直ぐ立って歩くし、9ヶ月で生まれるからというだけの理由で、そこいらを走り回っている2本足全部を人間だなどと言うつもりはないだろう?
——ヘルマン・ヘッセ——
死体はネオンの光も届かない裏通りにあった。鮮血は低みを目指して歩みを進め、側溝へ一滴ずつ注いでいる。紅い川を遡った先で横たわるのは哀れな男の死体だ。腹には無数の刺し傷を抱え、胸に刺さったままのナイフはまるで子供がおもちゃ屋で目当ての玩具にそうするように、すぐそこにある空の果てを指している。
遺体を見た後輩が憎しみを込めて「アンドロイドのやつめ」と吐き捨てる。重犯罪を犯すのはアンドロイドだけ、という周知の事実がその憎悪の源だ。
不意に地下鉄に特有の生ぬるい風が唐突に頬をなで、その不快さで我にかえる。
ついさっき見た殺人現場の光景をまるで撮影したかのように鮮明に思い出し、いつのまにか考え込んでいたようだ。しかめた顔をはどぶ臭い風のせいか、それとも思い返したものの内容のせいなのかは分からない。
パブリックのデータによると、犯”人”(アンドロイドでも慣習によってそう呼ぶ)は汐留の核融合発電所「ガーデンプラント」で技師をしていた女。歳は26。切れ長の目で頬にはそばかすが浮かび、黒髪がそれを隠す地味な見た目。血まみれの作業服で現場近くを走り去る姿が監視カメラに捉えられていた。
後輩に現場を任せてその場あとにしたのはつい10分前のことだ。そんなわがままが通用するのは深夜の現場検証だからだろう。といっても、この街では昼や夜という概念は意味を成していない。
そう呼ばれるこの地下階層都市は、その広大で入りくんだ空間に日が差すことは当然ない。それでもこの街が闇に埋もれないのはひとえに人口光源のおかげで、この駅に来るまでにも無数のネオンを見上げ街灯を浴びた。昼夜とは時計というデバイスが表示する数字に慣習的にはめ込まれた属性にすぎず、一般市民は地下鉄のダイヤ以外で時間を意識することはない。そういうわけでUG東京ではオフィス街だろうと歓楽街だろうと昼も夜もなく——実際ないに等しい——絶えず活動し続けている。
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