短編集

綾女

第1話 輪廻~終わり、また始まるもの~

世の中にはいろんな人がいる。

大抵の人は学校に通って、就職して、家族を持って、満足して死んでいく。

中には行きたくても生きられなかったり、生きている感覚すら知る前に死んでいく人もいる。


生きたいと願う人も多いけど、死にたいと思う人だっている。

中には、自分の命を渡せるのなら、生きられない人に与えたいと思う人もいるだろう。


けど、人に自分の命を与えるなんてろくなものじゃない。


ーーーーーー私は人より長く生きられて、、、人に命を貸すことができる



私の寿命は人より遥かに長い。

どれくらい生きられるのかは自分でも分からないし、人と言えるのかも分からない。

そして、人とは言えない能力が1つある。

それは、自分の意思で死にそうな他人に命を与えることができる。


正確には自分の命をその人と合わせることで、その人の命を長引かせるというもの。

生きながらえた瞬間と、死ぬ瞬間にその人は私を認識できるようだ。

その間の私は、その人として生きるようなもの。

意識だけは残っているので、会話などはできないが、他人の人生を経験できる。


言ってしまえば、暇つぶしに他人の人生を生きているようなものだ。


「どうして俺を生かしたんだよ…」

「こんなことなら、あの時死んでいればよかった…!!」

「もっと生きていたい!!もう1度命をちょうだい!!」

今までの人たちは、みんな私が与えた命を後悔して死んでいった。


1度死にかけた時はみんな生きたいと願っていたのに、死ぬことが決まった時は私を恨んだ。


最初の頃はその言葉に苦しみもあったけど、この力を使わずに生き続けるのは退屈すぎるから使い続けている。

言われ続ければ慣れるものだ。



そしてまた、今回の1つの人生が終わろうとしている。


彼は結婚することなく、1人で世界中を旅してまわっていた。

本来の命は、大学時代にアナフィラキシーショックが原因で死ぬはずだった。

歴史や自然が好きだったようで、今回も暇つぶしに彼のこれからの人生を見ていこうと思った。


彼は頭が良かったらしく、大学も国立の有名校だった。

良いとこに就職して安定した人生を送るんだろうと思っていた。


ところが、彼は私が命を与えた後、大学を辞めた。

命を伸ばすかどうかは本人の意思に委ねることが多い。

大抵の人はすぐに受け入れるのに、彼は私の説明のあとしばらくして受け入れた。


生きながらえたことをきっかけに、違う道を選んだんだろうか…

大学を辞めて以降、一般企業に就職した。

30歳前半で仕事を辞め、それまでの給料は極力貯金していた。

それからというもの、貯金を資金にして世界旅行を続けた。


10年ちょっとの給料では一生を生きれないので、現地で収入になることもやって食いつないでいた。


世界中の綺麗な場所や歴史がある場所を彼は巡り続けた。

途中で気付いたのだが、彼は必ず海や湖が近いところを選ぶ。

そして、自分の姿を映すと身体の前で手を動かしていた。


そんな生活が数10年過ぎ、とうとう彼の第2の人生にも終わりが来た。


病院のベッドの上で、後数十分程度の命。

彼は医者や看護師を部屋の外に出し、残りを静かに過ごすと伝えた。


そしてーーー静かに口を開いた。


今まで巡った旅の思い出を語りだしたのだ。

今まで独り言なんて言わなかったのに、この人も死ぬのが嫌で最後には私を恨むのだろうと思った。


「君にいろんな景色を見せられてよかった…」


耳を疑った。


「俺はあの時死ぬはずだったのに、君が命をくれた。

君はきっとたくさん辛い思いをしてきたはずだ。

なら、俺の残りの人生分だけでも楽しんでいいはずだ。」


彼は、私が与えた命が始まって以来、私を認識し続けていたのだ。

それどころか、私にたくさんの景色を見せるために命を繋ぐことを選んだと言う。


会話すらできない私に対して、彼は私を想った言葉をかけ続けた。

彼の目から涙が溢れ出す。


「泣くことはないだろう?

俺なんかの数十年ぽっちじゃ足りなかったかな?」


彼は気付いていた。


「今までありがとう…」


ーーーーーーーーー


また私が与えた1つの命が終わった。

初めて感謝された。

最後の表情まで見届けよう。


けど…私の視界は酷く歪んだまま、涙が止まることはなかった。


ーーーーーーーーー


泣き止んだころには親族が来ていて、姉らしき人は声を出すことなく泣いていた。

見た感じ聴力を失っており、声も上手く出ないようだ。

そして…最後の別れの時、彼が旅行中にやっていた手の動きをしていた。


その動きがなんなのか急に気になった。

姉は手話をしている。

あの動きは手話かもしれないと思い、調べてみた。


(ずっと一緒)


彼は私の存在に気付いており、自分の姿を水鏡に映して私に伝えていたのだ。

自分が先に死ぬことも知らずに、私のために残りの人生を使ったのだ。



人はやっぱりバカだ。

恨むならまだしも、私なんかのためにせっかくの命を使うのだから。



そして、1人の人のために私は2度目の涙を流した。

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