【第9話:アレン様】
辺りには、こんがりとお肉の焼けた良い匂いが立ち込めていました。
ビッグホーンって、牛の魔物だけあって、お肉が凄い美味しいのよね~。
まぁ、高級なお肉なので、私は一度しか食べたことがありませんけど。
この肉、なんとか持って帰れないかしら……?
「あ、あの……」
そうだわ! 昨日、考えていた方法で何とか運べないかしら?
上手く行けば、専用の倉庫とか作っても良いかもしれないわね!
「あ、あの~」
うん! 冷気を発する魔道具とあわせて巨大な冷蔵庫も作れば、街への買い出しも凄く便利になるはずよ!
「あのー!! お嬢さん! い、今のはいったい何なのですか!? そ、その小さな魔物はいったい!?」
おっと……久しぶりに嗅いだ牛肉の香りに、少し思考が変な方向に向かってしまいました。
相手は領主様のご子息っぽいですし、ちゃんと対応しないと。今更とか言うな。
「えっと、失礼しました。アレン様」
ニッコリ営業スマイルです。
前世では営業職じゃなかったけど。
「いや、何も失礼ではないですよ。こちらは助けて貰った立場ですから。ただ、僕は街の安全を守る立場にいるので、把握しておく必要があるのです。ビッグホーンほどの魔物の群れを、一瞬で葬り去るその小さな魔物の正体はいったい……?」
「はい。えっと……え~……け、ケルベロスです」
「……え? ぼ、僕の聞き間違いでしょうか? あの『死を司る業火の魔獣』の異名を持つケルベロスと聞こえたのですが……?」
「へ~。ケルベロスってそのような異名だったのですね」
こっちの世界では『地獄の番犬』じゃなくて、『死を司る業火の魔獣』って呼ばれてるのね。へ~。へ~。
そんな異名初めて聞いたので、私の足の間から顔を覗かせている
「フィナンシェ、あなたって『死を司る業火の魔獣』って呼ばれてるらしいわよ」
と教えてあげると、なんだかちょっとどや顔になって若干憎たらしい。カワイイけど。
「お、お嬢さん、ちょっと冗談はやめてください。僕は真面目に……」
「私はふざけてもいませんし、真面目ですよ? あと、ちょっと『お嬢さん』って呼ばれるの恥ずかしいので、名前で呼んで頂けませんか? 私の名は『キュッテ』と申します」
アレンって下手にイケメンなせいか、お嬢さんと呼ばれるたびに何だかむずがゆくなるのよね……。
「え? あ、すみません。では、キュッテさん。失礼ですが、僕は領主の三男として魔物についての教育を受けていまして……」
そして、ケルベロスがどのような恐ろしい魔物なのかと、長々とうんちくを語り……じゃなくて、丁寧に説明してくれるアレン様。
「じゃぁ、百聞は一見に如かずってことで、お見せします! でも、驚かないでくださいね?」
決して、ちょっと説明が面倒になったわけではありませんよ?
「え? お見せするって……」
「フィナンシェ、ちょっと離れてくれる? ケルベロスモードにするから」
「がぅ♪」
短い足で小さなお尻をぷりぷりしながら遠ざかっていくフィナンシェって反則的にカワイイわね……。
「じゃぁフィナンシェ、戻すよ~」
そして、十分に離れたところで、元の姿に戻すように能力を使うと、フィナンシェは僅か一秒ほどで、小さな家よりも大きな姿になりました。
ちゃんと離れて貰ったのですが、それでも見上げるほどの大きさです。
「「がう!!」」
そして、ケルベロスモードは反則的にコワイわね……。
まぁ私はもう慣れたし、カワイイところもあると思うのだけれど。
「ひ、ひぃぃ!?」
あ、私たちのやり取りを見守っていた御者のおじさんが、腰を抜かしてしまっているわ……。
あれ? アレンって意外と度胸があるのね。
微動だにせずに
「あ、そうだわ。フィナンシェ、せっかくケルベロスモードになったんだし、ちょっとそこのお肉を厩舎に置いてきてくれないかしら?」
「「がう!」」
私は大きくなったついでに、今のうちに
ビッグホーンの群れは結局六頭いたので、左右の頭で一頭ずつ咥えて貰って三往復すれば全部運べるわね。
「あ、アレン様。たしかこの国の法で、魔物は倒した者の物と決まっていましたよね? 頂いてもよろしいですよね?」
「……」
無言で頷いているけど、良いのよね?
「じゃぁ急いでお肉運んでしまいます!」
その後、送還と召喚を繰り返し、六頭すべてのビッグホーンを運び終えた頃、ようやくアレン様が口を開きました。
「……きゅ、キュッテさん? あなたはいったい、何者なのですか?」
「え? 羊飼いですけど?」
「え? ひつじ?」
うん。今の私、羊飼い要素ゼロよね……当然、知ってたわよ?
「はい。あっ、フィナンシェはもちろん羊じゃないですよ? この子はうちの新米牧羊犬です!」
「……ぼ、牧羊犬って、こんなでしたっけ……?」
こんなでしたっけ? と言われると、こんなではないのだけれど、嘘は言っていないです。
「えっと……私は酪農系スキルに属する『牧羊』をギフトとして授かったのですが、ちょっと色々ありまして?」
「ほ、本当に羊飼いなのですね……」
その後、中々理解してもらうのが難しく、数十分に渡って質問を受け、私も出来るだけ嘘のないように丁寧に答えたのでした。
◆
結構長い時間いろいろな話をしたせいか、私たちはすっかり打ち解けていました。
「いや~、今日はビッグホーンの群れに襲われて、最悪の日だと思っていたのですが、キュッテ、あなたと出会えて最高の日になりました!」
私の呼び方も「キュッテさん」から「キュッテ」にランクアップしています。
「私も色々お話出来て楽しかったです!」
うん。さすがに私は呼び捨てにはしていないわよ?
私より五つも年上な上に、アレンはこの地を収める領主様のご子息ですからね。心の声はノーカンです。
「僕もキュッテと話せて楽しかったです。それでは名残惜しいですが、こんな私でも結構忙しい身なので、そろそろ行きます」
「はい。お気をつけて。私はお肉を処理しないといけないので、今日は街に行くのは取りやめて一旦牧場に戻ります」
当初の予定から変わってしまいましたが、こうして私はアレンと別れ、一度家に帰る事にしたのでした。
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