【第8話:街へ】

 私の今住んでいる場所は、街からも遠い、草原の中の小高い丘の上にあります。

 周りには草原以外に何も無く、街道からも離れているので、この牧場にいる限り、他の人ともまず会う事がないような場所です。


 そんな場所ですから、街まで出るとなると結構大変で、普段なら馬車で急いでも半日はかかります。


 だけど……今日は一時間とかからずにつきそうです。


「ちょちょちょちょ、ちょ~っと、飛ばし過ぎかしらっ!?」


 フィナンシェに巨大なケルベロス元の姿に戻って貰い、街まで送って欲しいと頼んだら、喜んで引き受けてくれたのよね。さすがうちの牧羊犬ね。牧羊犬とは。


「わっ!? もう街道が見えてきたわ! フィナンシェ! すと~っぷ!」


 さすがに街道を巨大なケルベロスの背に乗って移動するのは憚られます。

 一応、スキルの中には、魔物を使役する能力もあるらしいですが、さすがにケルベロスを従えている人などいないか、いても相当珍しいでしょう。


 まぁ私は、この世界ではほぼボッチで暮らしてきたので、意外とそういう人もいるのかもしれないのですが、この世界の事をよく知らないうちは、あまり目立たない方が良いはずです。


 だから、ここからはフィナンシェの背から降り、またコーギーっぽい姿、名付けてコーギーモードになって貰って、一緒に歩いていく予定です。

 いつもは羊の中から元気そうな子を選んで荷馬車を牽いて貰って街まで行っているので、なんだかちょっと新鮮だわ。


 あ、羊に牽いて貰ってるのに、馬車と呼ぶのはおかしいのかしら? 羊車ようしゃ

 でも、羊車とか言っても、何のことか通じない気がするから馬車でいいわね。


「フィナンシェも変身完了したわね。じゃぁ、ここからは街まで歩いていくわよ」


 今、私が向かっている街の名前は『クーヘン』っていう地方都市です。


 ちなみに国の名前は『トリトリス王国』って言うのだけど、この世界での私は学校に通った事がないので、はっきり言って、この世界がどのぐらいの広さで、いくつの国があって、その国がどういった国なのか、その他もろもろほとんど何も知りません。


 ただ、祖父は私に読み書きを教えてくれたので、まだ教養がある方じゃないかしら?


 その上、前世の知識が蘇ったので、今なら普通に四則演算も出来るし、他にもいろいろな知識もあるわけで、かなり出来る子かもしれない。えへん。


 そんな事を考えていると、すぐに街が見えてきました。


「記憶が戻ったせいかしら? 何度も来ている街だけど、なんだか楽しみだわ♪」


 私がちょっと上機嫌で呟いた、その時でした。


「「がぅ!」」


 フィナンシェがスカートの裾を噛んで、街道の横へと引っ張ると同時に、私の横を凄い勢いで箱馬車が通り過ぎていきました。


 でも、私が思わず、


「もう~! 危ないわね! 謝りなさいよ!!」


 と叫ぶと、通り過ぎた馬車が急停止してしまいました。


 えぇ~と……嘘です。文句なんてありません。許してください。


 私がそんな風に内心ちょっとびびっていると、馬車の扉が勢いよく開き、男の子が身を乗り出してきました。


 線が細いので男の子と言ってしまいましたが、私より結構年上でしょうか?

 一五歳ぐらいの見た目で、中々のイケメンくんです。

 メガネがインテリちっくだけど、嫌な感じではなく、糸目と相まって優しそうな雰囲気を感じます。


 しかし、見るからにお金持ちとわかるような身なりをしていて、今世の私とは明らかに住む世界が違いそうです。


 と言うか、住む世界云々以前に、私「謝りなさいよ!!」とか言っちゃたじゃない!?


 さっき言ってしまった言葉を思い出し、もし貴族様だったらどうしようと、青くなっていると、想像していたのとは全く違う言葉を投げかけられました。


「お嬢さん! 馬車に乗ってください!」


 え? お嬢さん? ……って、私の事か!?

 そんな上品な呼び方、前世通しても一度も言われたことが無いので、一瞬誰の事かと思ったわ。


 ん? 今、馬車に乗ってくださいって……えぇぇ!? もしかして新手のナンパ!?


「あ、あの、どういう……」


 ことでしょう? そう尋ねようとしたのですが、その前にその理由がわかりました。


「「「グォォォォォ!!」」」


 私の言葉を遮るように、魔物のものと思われる咆哮が聞こえて来たのです。

 うん。ナンパじゃないよね。知ってたわ。


「魔物の群れが迫っています! 急いで!」


 ん~……どうしましょう?

 ハッキリ言って、フィナンシェ某ケルベロスに襲われた時に聞こえた咆哮と比べると、全然迫力不足で怖くありません。


 たぶんフィナンシェに命じれば、簡単に返り討ちにするなり追っ払うなり出来そうなのですが……。


「お嬢さん! 何をしているのですか!? もう、本当にすぐそこまで魔物の群れが迫っているのです!!」


「アレン様! どうかお急ぎください!」


 この人はアレンと言うのか。

 御者の人が焦っていながらも丁寧に接するその態度から、かなり身分の高い人のようです。


 本当はケルベロスを使役していることは、この世界の事を調べてからオープンにしたかったのですが、アレン様は善意で私を助けようとしてくれているようですし、ここは私も誠意を見せるべきかしら。


「あの! 私にはこのように使役している魔物がおります! 私の事はどうぞ捨て置き、そのままお進みください!」


 そう言ってコーギーモードフィナンシェをお見せしたのだけど……。


「何を言っているのですか!? 領民を守るのは領主の家に連なるものの務めです! あなたこそ、馬鹿な事を言っていないで早く馬車に乗ってください!」


「ば、馬鹿って何ですか!?」


 あ、思わず言い返しちゃった……。

 領主様のご子息っぽいし、魔物よりも、アレン様への言葉遣いをもっと気を付けないといけないわね……。


「馬鹿は馬鹿です! そのような幼い身で自己犠牲の精神など、美徳でも何でもありません! そんな小さな魔物で太刀打ちできるような相手じゃないんです! 相手はビッグホーンと言う巨大な牛の魔物なのです! それも一頭や二頭ではありません! 少なくとも五頭は確認しているのですよ!!」


「アレン様! このままでは囲まれてしまいますぞ!」


 う~ん、最低でも五頭か……。


 ビッグホーンって、結構強い魔物だったはず。

 この辺りで一番気を付けないといけない魔物だと祖父が言っていました。


 だからもし、私たちが街に何とか逃げ込めたとしても、下手をすると街にも被害が出るかもしれません。


 やっぱりここで迎え撃つべきだわ。


「もう説明するより、お見せした方が早いですね。……フィナンシェ! 後ろから来てる牛さん、全部焼き殺しちゃいなさい!」


 私のその言葉に「何を馬鹿な」と怒鳴ろうとしたアレン様でしたが、


「「がぉぉぉ~!」」


 コーギーモードフィナンシェから放たれた炎のブレスを見て、絶句するのでした。

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