【第4話:お座り】

 白山羊のカシワと黒山羊のオハギが、私とケルベロスの間に割り込んできたその光景に、私は動くことが出来ませんでした。


 私のスキル『牧羊』は、山羊には効果がありません。

 だというのに、二匹の山羊がその身を挺して私を守ろうとしてくれている。


 その事実に気付いた時、足の痛みも無視して駆け寄り、その首に抱きついていました。


「カシワ、オハギ……二人ともありがとうね」


「「ぶぇぇぇ♪」」


 今度こそ私も覚悟が決まりました。


 でも……死ぬ覚悟ではありません。

 最後まで足掻いて足掻いて足掻き抜いて、生き残れる可能性に賭けてみる覚悟です!


「と言っても、可能性は限りなくゼロに近いよね……」


 私の手札は限られています。


 まずは酪農系スキルである『牧羊』。

 生まれた時にギフトとして贈られたこのスキルの使い方は、本当に神様からの贈り物のように自然と理解しています。

 私が把握しているこのスキルで出来る事は、羊飼いをしていく上で役に立つ能力のみ。


 一つ、羊の居場所を把握する能力。

 一つ、羊を私が思う場所に移動させる能力。


「あれ? 能力が増えてる?」


 二つしか無いと思っていた『牧羊』の能力でしたが、スキルランクが上がったからか、他にもいくつかの能力が追加されていました。


 一つ、僅かに羊毛の質が良くなる能力。

 一つ、僅かに羊乳の質が良くなる能力。

 一つ、僅かに牧草の成長を促す能力。


「……まぁ、そんな都合よく、このピンチを切り抜けられるような能力が追加されたりしないわよね……」


 でも私には、この『牧羊』スキル以外にも、もう一つだけ奥の手がありました。

 それは、代々受け継がれているという祖父から貰ったこの牧羊杖。


 名前は『牧羊杖バロメッツ』と言うらしいです。


 でも、この牧羊杖の能力ってあまりよくわかっていなくて、私が把握しているのは牧羊に関する能力を僅かに上げるという事と、杖の先から水を撒いたり、さっき増えた私の能力と被るけど、牧草や植物の成長を僅かに早めることぐらい。


「グォォォォォ!!」


「きゃぁ!?」


 必死で考えている間に、ケルベロスがすぐそこまで迫っていました。


「えぇぇい! 牧草、延びろ~!!」


 一か八かで牧草を成長させる能力を使ってみましたが……。


「わわっ!? 凄い!? いきなり成長した!?」


「「ぶぇぇぇ!?」」


 以前、牧羊杖の能力で牧草を成長させてみた時は、どんなに頑張っても数センチがやっとだったのに、今、周りの牧草は、私の腰辺りまで急成長していました。


「……凄い、凄いけど……今は全然役に立たないじゃない!?」


 この辺り一帯の牧草が一気に成長したのには本当に驚いたけど、別に牧草がケルベロスの足に絡みつくわけでもなく、ただ本当に成長しただけなので、何も解決していません。


 それでも、周りの牧草がいきなり急成長したことに警戒したのか、ケルベロスは驚き、立ち止まっていました。


「あれ? もしかして、もっと驚かせたら逃げてくれないかしら?」


 今は何でもやってみないと!


 そう思い、また同じように能力を使ってみたのだけど、今度はさっきの半分も成長しませんでした。


「な、なんでよ……」


 もしかすると、一度に成長させることができる限界があるのかもしれない。

 でも、もう少し成長してくれたら、最悪、身を隠して逃走する助けぐらいにはなるかも?


 そう思い、更に能力を使おうとした時でした。


「きゃぁぁ!?」


「「ぶぇぇぇ!?」」


 突然、目の前が真っ赤に染まり、私とカシワとオハギは吹き飛んでいました。


 ただでさえ足が痛いのに、地面に叩きつけられて息が出来ません。

 おまけに全身が熱で覆われたような痛みが襲ってきました。


 それでも、気力で立ち上がったのですが……。


「うそ……」


 私の目に飛び込んできたのは、さっき頑張って成長させた牧草が、ケルベロスの放ったブレスにより、全て灰と化してしまった姿でした。


 折れそうになる私の心でしたが、


「「ぶぇぇぇ……」」


 カシワとオハギの苦しそうな鳴き声が、ギリギリのところで踏みとどまらせてくれました。


 まだ全部やってない!

 まだ諦めないわ!


 私は熱気だけでも散らすため、牧羊杖の能力で水撒きを実行しました。


「わわっ!?」


 すると、巻いた水が全て水蒸気へと変わり、視界を覆いつくしました。


 え? これって、もしかして逃げるチャンス!?


「い、今よ! カシワ! オハギ! 逃げるわよ!」


 感覚が麻痺しつつあるのをいいことに、右足首の痛みを無視し、二人を連れて逃亡を試みます。


「ついでに少しでも時間稼ぎを!」


 私は必死に逃げながらも、ケルベロスのブレスの射線から外れていて、まだ焼かれていない牧草を、また成長させて僅かでも逃げられる可能性をあげる努力をします。


 でも……現実は非常でした……。


「うぅ……カシワとオハギふたりとも助けられなくて、ごめんね……」


 私の動きを読んでいたのね。思ったより、頭良いじゃない……。

 ケルベロスは私たちが逃げる方向を予測して、待ち構えていました。


 そして、私の気力もここまででした。


 間近でケルベロスの巨体を見たせいでしょう。

 必死に抑えていた恐怖心が込み上げてきて、そのまま立っていられなくなり、膝をついてしまいます。


「え……ランクが上がってる?」


 何度も何度も広範囲の牧草を限界まで急成長させたからでしょうか。

 私の『牧羊』スキルのランクがアップしていました。


 一つ、羊毛の刈り取り量がアップする能力。

 一つ、牧羊犬を従え、使役する能力。


 ……牧羊犬を従え? 牧羊、……?


 ケルベロスの大きな二つの口が、カシワとオハギを丸呑みにしようと迫る中、牧羊杖バロメッツを振りかぶって私は叫んでいました。


「私に従いなさい! お座り~!!」

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