第2話 ハザマの恋人
『そろそろ直人に会いたなぁ』
週末明けの昼休みに届く恋人からのいつも通りの誘い文句には気付いたら返す様にしてる。
『ねぇ直人ー!会いたーい!』
『今週は中休み』
『じゃあ前日の夜から会お!ご飯も行って泊まりで』
『あいよ』
返信の直後に送られて来たハートを振り撒く可愛らしいスタンプを冷ややかに見て、そのままLINEを閉じる。
あぁ、面倒な恋人だ。
大学卒業後。趣味の時間を出来るだけ多くしたかった俺は敢えてサラリーマンやらIT系には向かわず職を転々として、社会人歴を数年重ねてようやく現場で働く土木作業員に落ち着いた。
業界的に見ても中々に人の良い社長の会社に入れたから、社員一人一人の作業時間がきっちり別れてるシフト制。夜勤もあるが連日にはならず翌日は必ず休ませてもらえる。
肉体労働で疲労こそ多いが、まぁいい職場だった。
俺の恋人は、その仕事の打ち上げで訪れた店に偶然居合わせた客だった。
男だらけで呑んでいたのが珍しかったのか、女友達と呑みに来てたらしい当時他人だった俺の恋人は仕事の話やら私生活の話で盛り上がってた俺達のテーブルに近付いて声を掛けて来た。
女友達の方はただ一緒に呑む相手が欲しかっただけみたいだが、彼女は一緒に呑む話になると俺の隣りの席に断りなく座り込むと
「乾杯しよ!」
と手にしていたグラスを俺のジョッキにぶつけて来た。
無遠慮で不躾、それが第一印象だった。
土木作業員は全員が全員近場に住んでいる訳じゃない。仕事仲間の中には片道1時間掛けて現場に来る奴もいるから俺達の呑み会は他のグループと比べると早く終わる。
今日は帰ると言うと楽しかったと笑って別れの言葉を口にした女友達とは違い、彼女は俺の腕にしがみついて駄々をこねだした。
「えーいいじゃん!まだ呑もうよー。あたし直人ともっと呑みたぁい」
酒が入っているせいか、ヤケに響く大声を出されて困っていると仕事仲間の一人からせっかくだから呑んで来い、と言われてしまったので渋々彼女と2軒目に行く事になった。
「直人って今フリー?あたしもなんだぁ」
2軒目に行ってからもよく回る彼女の舌は絶好調だった。
テーブル席で向かいの席に腰掛け、俺の話はロクに聞かずに聞いてもいない自分の情報を話し続けている。
侮蔑でも何でもなく。ただ軽いな、と思った。
だから2軒目を出て直ぐに帰りの電車が無くなったと言い出した時も、最初からそれが目的だっただろうにとしか思わなかった。
「直人、直人ぉ…」
裸で自分の下に横になって両腕を俺の首に回して甘ったるい声で鳴く彼女に遠慮もせず、ただただ欲のままを打ち付ける。
愛だの恋だのという感情の有る無しに関係無く、こういう行為に走れるのは利点なのか欠点なのか。
そんなどうでもいい事だけ考えていれば目下の彼女の事を考えなくて済むから楽だ。
ああ、彼女もこの行為も。何もかもどうでもいい。
終わった後に煙草を吹かすのが癖になったのは何時だったか。
敢えて理由を付けるなら、余計な話をしなくて済むから。ピロートークだなんだと煩いのは面倒臭い。
「ねぇ直人ぉ。また会お?てか直人めっちゃ好みなの!あたし達付き合わない?」
下着とパンツだけ履いて備え付けのソファで煙草を吹かしながらスマホを弄ってる俺の姿が見えないらしい彼女は、今だにベッドに裸で寝そべったまま声を掛けて来た。
煩い、鬱陶しいという旨の視線を向ければ振りだけの恥じらいを見せる。始まる前ノリノリで自分から脱いだのに通用するとでも思ってるのか。
「あのさー」
「うん!付き合う?」
「俺、他にもオンナいるんだけど」
どうせ話を聞かないのはこの数時間でよく分かったから手短に伝えば、彼女は驚いた様な顔をした。
「だからこれっきりで」
「嫌!」
大声を出したかと思えば裸のままベッドを下りて抱き着いて来た。
面倒なオンナ確定だ。しかも煩い。
「嫌だよぉ直人…それにあたしとするのヨカったでしょ?相性いいもん!」
「相性って言ってもなー」
「お願い!一番じゃなくてもいいから直人の彼女になりたい!」
「じゃ、恋人って事で」
このままうだうだとくっつかれるの方が面倒臭いからそう言ってやると、嬉しそうに笑って身体を擦り寄せて来た。
「やったぁ!今は一番じゃなくてもいいよ。また会おうね」
他にもいるオンナがどんな関係なのか聞きもしない、本当に人の話を聞かないオンナだ。
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