第2話 見学先探し、アルドの聞き込み調査
アルドは自分に縁のある場所を考えていた。宿屋、鍛冶屋、酒場。冒険者がよく利用する場所だ。門に居る衛兵に話を聞くことも思い浮かんだ。ミグランス城内でなくとも砦の警備について学ぶことも子供たちにとっては珍しい機会となるだろう。
特に順番などに拘りはなかったが、少し離れた酒場から行くことにした。鍛冶屋、宿屋、門とたどる順番を思い浮かべる。酒場で話を聞き、鍛冶屋と宿屋で準備をして門から町の外へ行く。そんな普段の彼が窺える道のりだ。
スポット①酒場
酒場のドアを開ける。その先には常連である吟遊詩人と、店員か常連なのか判断に困る程居る東方の衣装を着た女性、そしてこの店の主であるマスターが居た。
「おう、いらっしゃい。」
マスターがそう言いながら、こちらを向く。
「やあ、マスター。」
いきなり頼み事をするのもどうかと思い、席に座りながらミルクを頼む。体を温めるわけでは無い為、冷えたものを頼んだ。
出されたグラスを掴む。手に伝わる感覚が、この液体がいかに冷えているのかを物語る。オフホワイトの水面が揺れる。グラスを口に着けミルクを一気に飲み干す。水やお茶とは趣が異なるトロみがある液体が喉を通る。その冷たさで胃が痛むことは無く、すっきりとしたのど越しが残る。ミルクが通った部分が安らいでいるような感覚を覚える。飲む度に優しさと爽快感が染み渡り、心と体が癒されるような飲み物だ。ミルクの余韻に浸ってしまった。
マスターが温かい目で自分を見ている。心なしか嬉しそうだ。
「マスター、なにか良い事でもあったのか?」
「いや、いつもながら出したものにそれだけ満足してくれたら嬉しいってものさ。なんか食うか?この時期は炊き込みご飯がオススメだぞ。」
「もしかして、顔に出ていたか!?」
マスターがクスっと笑ったような気がする。自分の他に飲食している客も居ないようなので、本題を切り出すことにした。
「すまないマスター。今日は食事じゃなくてちょっとした頼み事があって来たんだ…」
マスターに職業見学について話をする。マスターは途中で切り上げることなく、真剣に聞いてくれた。マスターは腕を組みながら考えている。
「学校の職場見学でここを使えるのかか…。」
独り言のように呟いている。
「厳しそうか?」
思わず、口を挟んでしまった。マスターが申し訳なさそうに言う。
「昼は客が少ないから時間やスペースには時間があるんだが…。基本的に俺一人で店をやっているから、俺の仕事を見学するってことでいいんだよな?生徒達が1か所に集まると窮屈になってしまう。せっかく見てくれるなら、ゆっくりじっくりと見て欲しいからな。」
確かに、この酒場での職業見学となるとマスターの仕事ぶりを見る事になる。マスターの仕事は一言でいえば食事の提供であり、マスターの手元で行う作業が殆どだ。フィーネも料理は細かい作業が味に繋がるのだと言っていた。エイミは…、うん。あの料理も1つの個性だろう。細かい作業を見る為に近くによればじっくりと見学できるが一度に見れる人数は減ってしまう。かといって、遠くから見学すれば人数は確保できるがマスターの細やかな仕事を満足に見れないだろう。
マスターは難しい顔をしながら続ける。
「俺以外にも店員が居る時はあるが、夜しか来ないからな。流石に夜に職場見学は出来ないだろう?」
他の店員について聞こうと思ったら先に答えられてしまった。
「確かに夜に職場見学は難しいな。」
「料理以外の仕事となると…店の清掃や会計が、あるがわざわざ見学に来てまで見るような物では無いな…。」
「食材の仕入れとかもやっているんじゃないか?」
「ああ、仕入れがあったか。それは生徒たちもきちんと見学できるだろうな。だが、そっちは早朝になっちまうんだ。リンデで魚やザルボーからの香辛料や肉、市場ではラクニバの野菜と、馬車で移動する場合もある。俺が働き始めても子供たちにとって、早朝はまだ寝てる時間だ。あまりお勧めできねえな。」
「確かに、早朝の職場見学もきつそうだな。人手と時間、案外かみ合わないもんなんだな。」
「すまなえな。片方だけなら対応できそうなのにな。」
人手が足り無さそうなら仕方が無い。他を当たるしかないようだ。
「ありがとう、マスター。他を当たってみるよ。」
「みんなで食べにくる分にはいつでも大丈夫だ。と伝えておいてくれ。」
「分かった!」
ミルクの会計を済ませた後に、そんなやりとりをしつつ酒場を出る。
会話の内容と宣伝を頭に入れながら鍛冶屋に向かった。
スポット②鍛冶屋
ユニガンの鍛冶屋を訪ねる。ここの鍛冶屋はテントを張った屋台のような店である。他の時代を考えても珍しい店舗形態だ。ミグランス城から近いこともあって冒険者だけでなく衛兵もこの鍛冶屋を利用するときがあるらしい。
「いらっしゃい!装備が必要か?」
鍛冶屋に近づいたアルドに店主が声をかける。
「いや、今日は頼みがあって来たんだ?」
「なんだ。猫に着ける鎧でも欲しいのか?」
店主が冗談っぽく言う。
「猫用の鎧も作れるのか…。ヴァルヲもどこかで戦ってたりするのか?おっと、話が反れるとことだった。実は……」
店主に職業見学について話をする。店主は要所要所を確認しながら話を聞いていた。
「職場見学か…。鍛冶屋の仕事は非常にプロフェッショナルなものだが良いのか?」
鍛冶屋には武器や防具の作成、購入で非常にお世話になっている。確かにその作成は職人技だが、生徒達には良い刺激となるだろう。
「かまわないさ。武具を作っているところをみる機会は中々ないからな。」
「他にも買取査定や武具レシピの作成、開発に性能実験。色々やる事が多いぞ。」
鍛冶屋という名前だが、素材の買取や新レシピの提供などでもお世話になっているじゃないか。そして、気になる事も生まれる。
「武具の作成や販売はイメージが湧くんだが、他の業務はどういう風にやっているんだ?」
「買取は実際に見せたほうが早そうだな。そこの素材棚から何個かものをとってくんねえか?」
店主の周りにある素材棚を見る。鉱石、木材、基盤などのプレート、葉や花などの大まかなカテゴリーで棚が異なる。その棚にはいくつかのラベルが貼られた小箱がある。小箱にはそれぞれの素材ごとに種類分けがされていた。
「細かく分けてあるんだな。」
その中から色、形、匂いなどが限りなく近いものを4つ選別し、店主に見せた。
「ほう、これまた似たものを出してきたな。」
そう言いながらも1つずつ触り、色を確認し、匂いを嗅いだり、光を当て手で覆ったりする。一度も素材棚を確認することなく、作業を終えた。
「選定完了だ。こっちからチタン粉、砂岩、赤砂鉄、光る粉だな。合ってるだろ?」
「すごいな!早い上に、全部正解してるぞ。」
仕事の正確さ、素早さに驚くことしかできない。これがプロフェッショナルというものか。店主がだいぶ使い込んだノートを取り出す。ノートにある書き込みの量からいかに店主が勉強したのかが窺える。
「こういう素材の特徴をまとめた資料で確かめることもある。今回は簡単だったから使わなかったがな。」
店主は笑いながら言う。
「特徴から素材を特定して、その素材ごとの金額を提示する。素材の種類ごとに値段は統一されているから、特定さえできれば簡単だな。」
勉強の量に驚いたが、他の時代の素材も判別できた事に疑問がわく。
「チタン粉なんて、珍しい素材もわかるんだな。」
「ああ、こいつか。何処で採れるか分からない素材っていうのは意外と多いんだ。持ち主不明な武器や防具が届けられることもある。」
「誰かの落とし物ってことか?」
「かもしれねえな。だが、専門家も分からんものや、昔の資料にしかなかったような武具や素材が多いんだ。」
「ふ、不思議なこともあるもんだな。」
時空の穴を通って他の時代の武具や素材がこの時代に来ているのかもしれないな。現代の武具や素材も他の時代にもたらされているかもしれない。余計なことは言わない方がよさそうだ。
「そういうのは城に届けられて集められるんだ。各地の鍛冶屋が呼ばれて定期的に調査会が開かれるんだ。」
「武具の場合は性能の確認やレシピ作成が目標だな。素材の場合はその特性や用途の特定が主だな。実際に使ったり、関連がありそうな素材や武具を参考にしたりもする。歴史家を招いて過去の文献から改めたりもするな。」
「けっこうやること多いんだな。なんなら、武具の作成販売よりも研究が多いんじゃないか?」
「そうかもしれねえな。あとはお客ごとの素材リストの管理もするな。店舗が在庫にある武具を売ったらその分の素材を保管庫から郵送してもらってこっちで作る感じだな。リストは他の店舗で更新があるたびに伝達される。」
「ん?ちょっと待てよ。誰がどの素材をどれだけ売ったり、武具に使ったりも管理しているのか?他の店舗での取引はどうやって知るんだ?」
「そんなに不思議な事か?調査会の時にも更新や直接的な確認をするし郵便でリストを送付し合ったりしているからな。」
言われれば何てことのないことだが、他の時代のことを考えると引っ掛かる部分がある。しかし、店主に聞いても求めている答えは返ってこないだろう。
「いや、更新が早いから頻繁に更新していて大変だなと思ってさ。」
「あの郵便屋さん、可愛らしい見た目して仕事は早くて正確なんだよな。」
「郵便屋さんもプロフェッショナルということか。」
「はは!ちげえねえ。」
店主と共に笑い声をあげる。
「なかなか仕事の詳細についての話を聞いてもらう機会が無くてな。反応も良かったんで、ついつい話し込んでしまった。話してみると楽しいもんだな。」
「職場見学、出来そうか?」
店主が顎に手を当ててぶつぶつと呟いている。
「どの仕事から見せようか…買取?武具の作成?それを理解する為には調査会のことも話さないとな…鍛冶屋の歴史も必要か…。素材や各武具の特徴なんかも説明したいな……」
店主がハッとした顔をした!
「時間が足りない!!!」
この叫びが職場見学を断る理由だった。やるならば、仕事の全部を見て欲しいそうだ。
「やることが多いからな!これでもパルシファル王朝期から続く職業だからな。国から認定を貰うのもその頃から続いているはずだ。武具の作成が出来るのは大前提で、素材や武具の知見が深くなきゃ鍛冶屋として認めてくれねえからな!!」
豪快に笑いながら店主は言う。
意外な事実を知ってしまった。心の中でメイに強くエールを送る。
興味深い内容も多かったが、職場見学はまた今度になりそうだ。店主も前向きだったので予定さえ合えばすぐにでも出来るだろう。
店主に手を振りながら鍛冶屋を後にする。北側にある宿屋の方へと向かった。
スポット③宿屋
ユニガンの宿屋。ミグランス城に目を奪われがちだが、この宿屋も充分に大きい建物である。他の建物と同様に赤い屋根と白い外壁である。三日月と家を合わせたマークが宿屋であることを示している。このマークは他の時代でも見られるものだ。
宿屋の戸を開け、入る。清潔感のあるフロントは何時でも疲れをいやしに来た客を迎え入れる準備が出来ていることを示している。ミグランス王の拠点としていることから、見張りの兵士も居る。事情を知っている者や、自分のように王との交流がある者にとっては当たり前な光景だろうが、初めて来た人はつい驚いてしまうだろう。
「伝統のあるユニガンの宿へようこそ!休んでいく?」
宿屋の娘がいつもの歓迎の言葉を投げかける。わざとらしさのない良い笑顔だ。他に受け付け待ちの客も居ない為、さっそく今日来た訳を話す。
「今すぐ休む必要はないかな。今日は1つ相談事があって来たんだ。」
「頼み事?宿の予約や浴場を借りたいって訳ではなさそうね。階段入口にある剣は高くつくわよ。」
「あれって販売していたのか!?」
「いえ、非売品よ。相変わらずいい反応をするわね。」
娘がクスクスと笑う。たまにこういう冗談を言われるから驚いてしまう。他の時代や街でも冗談を言う人がおり、愉快な人はどこにでも居る者なのだとつくづく思う。
「冗談はやめてくれよ。大事じゃないから良いけど、驚いてしまったじゃないか。」
「それはごめんなさい。で、頼み事ってどんな内容かしら?」
娘に職業見学について話をする。流石に冗談を言うことは無かった。
「あの学校、そんなこともしていたのね。そうね。たぶん、職場見学は出来ると思うわよ」
いい返事がもらえて思わず嬉しくなる。
「おお!そうか。ちなみにどんな仕事をしているんだ?」
「あら?貴方も職場見学をするのかしら?」
「宿屋の仕事って家事みたいなものだと思ってるんだが、どういう違いがあるのか気になってな。」
フィーネの行動を思い出す。朝ごはんを作り、朝を起こしにやってくる。よく二度寝をして怒られた記憶も蘇ってきた。料理や部屋の掃除、タンスの整理もやってくれている。もう少し自分で家事をやった方がいい気がしてきた。
「難しい顔になってるわよ?」
顔に出てしまっていたか。
「いや、自宅での行動を思い出してな。」
「家事は苦手なのかしら?」
娘がクスクスと笑う。
「で、仕事の内容よね。もちろん家事の延長線上にあるものもあるけど、宿屋ならではのものもあるわよ。それに宿屋には全ての仕事を行う人なんていないわ。各仕事の特化した人が行なっているの。」
娘は続ける。
「食事を作るシェフ、掃除を行うハウスキーパー。宿屋内の案内や荷物の運搬を行うベルアテンダントなんかも居るわね。そして私は受付に特化した仕事人なのよ!!」
言い切ると共に導きか誘いが16上昇しそうな音が聞こえた気がした。凄く褒めて欲しそうな顔をしているが、これは素直に褒めるべきなのだろうか。受付の仕事と言われてもそのイメージがイマイチつかめない。
「へ、へぇ。そうなのか。そ、それはすごいな。」
「その反応は本当に凄いと思ってないわね!いいわ。私の仕事がどんなものなのか教えてあげる!!」
「ああ、頼んだ…。」
少し申し訳ない事をしたが、彼女の仕事の内容を聞かせてくれるならば結果オーライである。娘は喜々として語り始めた。
「受付の仕事はただお客様をお迎えするだけでは無いのよ。朝は前日の情報の再確認を行なった後にチェックアウトの業務を行うわ。お弁当の提供もチェックアウト業務の一環ね。予約の手紙もこの時間に届くことが多いわね。可愛らしい郵便屋さんだからいつも目がシャキッとするわ。」
「郵便屋さんは見たことが無いが、他の業務はそれっぽい所を見たことあるぞ。」
自分が宿屋を利用したときのことを思い出しながら聞く。旅の途中で訪れてそのまま宿泊する経験しかなかったので、手紙で予約できるとは知らなかった。無事に解決したらフィーネにじいちゃん、ヴァルヲと一緒に家族旅行をしても良いかもしれない。
「旅人さんだと、手紙で予約する機会なんて珍しいでしょうね。全てのチェックアウト業務を完了させたら、すぐに当日の宿泊の準備に取り掛かるわ。お客様の部屋の割り振りや何時ごろにいらっしゃるかの確認などもね。チェックイン業務に必要な備品の補充も行うわ。エントランスの掃除もするわね。」
さらっと言ので簡単そうだが、このユニガンの宿は大きい。きっと他の地域の宿屋よりも大変なのだろう。エントランスの掃除等も実際に聞かなければ受付の業務であるとは知らなかった。
「あとは旅人さんも馴染み深いんじゃないかしら?チェックイン業務をこなしながら、当日の空き部屋の数や料理などの情報を宿屋前の看板に書くわ。」
「オレはその看板を見て、宿屋に泊まれるかそうか判断するな。」
「そういう人が多いと思うわ。私たちにとって看板の正確さはお客様からの信用に関わるものなの。間違いなんて許されないから、変更が無くても定期的に確認しに行くわ。」
「変更といったら、お客さんが急に泊まりに来た時とかか?」
「その逆もあるわね。予約キャンセルの手紙が当日にくることもあるし、他にもメニューが変更になった際もすぐ更新するわ。」
「当日にキャンセルなんて迷惑じゃないのか?」
「手紙はどうしても遅くなってしまうから、こればっかりは仕方ないわ。遠く離れた距離でも会話が出来れば良いのに。それにキャンセルの連絡をくれるって事は有難いのよ。」
未来では会話だけではなく絵や映像、お金のやり取りも離れた距離で行えるようになっている。非常に便利になるのかと感心しつつ、未来の受付業務とどのように違うのか確かめたくなってくる。娘は続ける。
「キャンセルの連絡があれば、その分看板を更新すれば良いのよ。連絡が無いと遅れているのか、来れなくなったのか判断付かないのよ。それを防ぐ為にも、確認の手紙を事前に送ったりするんだけどね。」
「愚痴っぽくなって、ごめんなさいね。せっかくだし、手紙を書くところも見せてあげましょう♪」
娘は少し申し訳なさそうな顔をした後、明るい笑顔を向けてくる。コロコロ変わる表情にはなんだか親しみが湧くし、彼女の言動にも不愉快な要素は感じない。この表情豊かなところや素直さも彼女が受付業務に向いている理由なのだろう。娘は予約者リストを取り出す。
「もう少し先に、集団のお客様が宿泊されるのよ。手紙や準備がどうしても多くなってしまうわ。そういえば、職場見学の日にちを聞いてなかったわね。」
「そういえば言ってなかったな。次の満月の日だ。」
「え………。」
そう言った瞬間、娘の顔が暗くなる。
「ごめんなさい!!職場見学は出来なさそうだわ。その日にさっき話した団体のお客様が来るの。受付業務は団体客としてまとまっている分私に仕事は少ないのだけど、宿屋そのものは準備に大忙しで職場見学を行う余裕なんてないと思うわ。本当にごめんなさい!」
「いや、オレも日にちを言わずに話を進めてしまって申し訳ない。」
「いつも通りなら職場見学は出来そうなのだけど、ごめんなさい。」
「いや、そんなに気にすることないって!」
娘の顔が暗くなったが、なんとかなだめる内にだんだんと明るくなっていった。
お詫びとして押し付けられたお弁当の“お豆の王国風スープ”を受け取りながら宿屋を後にする。
“王様が拠点として利用する程居心地が良い宿”として“宿屋評論家連盟”で話題となり、その評論家連盟が泊まりに来るのが職場見学の日らしい。思ってもない所が話題になる事もあるものだ。娘からは教師と直接話をしてみたいとの言葉も貰った。
道案内をよくしているセレナ海岸方面の門の衛兵に尋ねる為、北東方面へ向かった。
スポット④門
門近くにいる衛兵を見つける。彼が今回の衛兵だ。リンデに向かう際にお世話になった覚えがある。衛兵らしく真面目な雰囲気だ。
「やあ、こんにちは。」
「この先はセレナ海岸。港町リンデに行くならさらにその先にある。」
「いつもありがとうな。」
「ってアルド殿ではないですか!セレナ海岸で魔物の目撃証言が多発していて、今は調査隊が出ているところです。貴方ならそんな心配はいらないでしょうが。」
驚かれてしまった。元々固そうな雰囲気が更に固くなる。他の衛兵にも似たような反応をされる事があるが、この反応には慣れそうにない。
「いや、今日はセレナ海岸の事じゃなくて別に相談事があるんだ。」
「おや、何か困りごとでもあるのですか?」
衛兵に職業見学について話をする。彼は固い雰囲気を崩すことなく聞いてくれた。
「職場体験に私の仕事をってことですか。確かに、中止になった王城での仕事に通ずる部分はありますね。」
「だろ?王城は無理でも町の中だと出来そうかなって。」
衛兵から返事は来ない。考え込んでいるようだ。
「職場見学…できなくはないです。しかし、王城での予定のように大人数の生徒と一緒に行動となると気乗りしませんね。」
「やっぱ、同じ衛兵でも王城と門では仕事内容な違うんだな。」
「大げさに言えば本部と現場ですからね。」
王城は衛兵の待機場であり配備を決める詰所がある、一方この門での仕事ははユニガンの中とはいえ警備を行う場である。どちらが危険な職場なのかと言われれば当然門であろう。
「一応、セレナ海岸には魔物や魔獣が居るもんな」
「そうなんです。門を開けた際に無理やり入る事や、ヒトに化ける事さえあります。」
「魔獣の変装って意外とわからないものだったりするもんな。」
「昔は貴族に化けて、増税して疲弊させる裏工作もあったそうですからね。」
魔獣と人間の因縁はやはり根深いもののようだ。魔獣王を倒しはたが、魔獣王の復権や後釜を狙う者も現れるだろう。完全な平和が約束されたわけでは無いのだ。
「それに…。あまり大きな声では言いたくないですが人間の中にも悪いやつが居るのも事実です。」
「オレも何人か衛兵に引き渡したことがあるよ。」
俯きながら放った衛兵の言葉に、思わず腕を組み険しい顔をしてしまう。
フィーネと仲の良かった魔獣の様に、優しい魔獣が居れば、人間にも悪いやつはいる。魔獣と人間が手を取り合うようになっても、衛兵たちは悪人や悪い魔獣を相手にするようになるだろう。小さな悪事が完全になくなる事は無いのかもしれない。
「そう意味では完全な平和って遠いもんだな。」
「そうかもしれませんね。この国をそのような楽園に少しでも近づけることが我ら衛兵の仕事ですから。非常にやりがいのある仕事ですよ。口で表すと少し恥ずかしいですけどね。」
いかにこの仕事に誇りを感じているのかがその煌びやかな笑顔からも見て取れる。この話をするだけでも生徒達にはよい勉強となるだろう。
「立派な考えだと思うよ。それを生徒たちに聞かせるのも良いんじゃないか?」
「有難いことですが、それは職場見学とは別の機会にしましょう。職場見学なのですから仕事を見せたいですしね。」
「やっぱ、仕事は見せたいものなんだな。」
「もちろん!普段の働きを知ってもらうのは嬉しいですからね。しかし、この仕事の見学となると生徒数を絞らなければなりませんね。そうでないと生徒の安全を保障することが難しくなりますからね。」
衛兵は丁寧に自身の考えを話す。誤解を生まないよう、衛兵としての信頼を損なわないよう、慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。
「やっぱ、安全面が厳しいよな。衛兵の数を増やすことは出来ないのか?」
「私だけならともかく、多人数の配備変更が難しいですね。さらに、衛兵も増やすとなると大人数になるので、敵への対応が遅れそうで怖いですね。」
「確かにオレも戦う時は6人までが多いな。流石に大人数を相手にする場合は変わるけど。」
「不測の事態が起きかねない職場ですからね。どうしても生徒達を確実に守れると判断できないと我々の業務には同行させられないです。」
衛兵が自分を見つめる。その眼には譲れないという意志が感じられる。これ以上食い下がるつもりもなかったが、別の場所を探すしかないようだ。
「他にもユニガンの見回りを行なったりもしますが、こちらも大人数で行う事ではないですよね。」
衛兵と教師、多くの生徒が固まりとなってユニガンを歩いている様子を想像する。思ったことを口にする。
「それってもう、ただの観光じゃないか?」
「はは、そうかもしれませんね。」
衛兵の雰囲気が少し柔らかくなる。
「話を聞いてくれてありがとうな。職場見学は別の場所を探してみるよ。」
「こちらも頼みを聞けずに申し訳ありません。生徒たちが良い職場見学を行なえるよう祈っております。」
互いに笑顔で別れを告げた。ユニガンの平和を守ってくれている彼らに感謝をしながら町の中心部に向かう。
スポット⑤水のプリズマ前
4か所を巡ったが、いずれも職場見学は出来なさそうだった。収穫がえられないまま、いい時間になってしまったので集合場所の水のプリズマ近くへと向かう。彼女の方に何か良い収穫はあることを祈るばかりだ。
水のプリズマ前に集合し、互いの結果を話す。どうやら彼女の方も良い返事はもらえなかったようだ。彼女の方がより多くの場所を訪ねていて少し申し訳なさを感じた。
彼女の方もどうやら「時間」「場所」「人手」「危険」が理由で職場見学を断られたそうだ。逆に考えれば、時間や場所、人手に余裕があり、危険でない場所ならば職場見学を実行できるということだ。見学により多くの時間を割きたいらしく、安全面からユニガン近くが望ましいらしい。ユニガンを見渡しながら、必死に記憶を探る。彼女もソワソワしているが、きっと記憶を洗っているのだろうが、焦っているようにも見える。
急に1つの場所が思い浮かんだ。どうして忘れていたのだろうか。雷に打たれたような衝撃が脳内をかけめぐる。大声で彼女に知らせる。
「いい場所があるぞ!ユニガンから近くて時間や場所、人手に余裕があって、危険が無い場所を!!きっと断られないはずだ。」
心なしか自分の声は明るかった。
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