切り開く

 作戦会議からしばらくして、ウィンディは氷の壁の前に立っていた。白い鱗に覆われたコオリドラゴンがショーケースの中にいるかのように氷の壁の中にいた。一枚隔たガラスほど氷は薄く、今にもコオリドラゴンは出てきそうだ。


「そろそろ出てきますよ」


 ウィンディの後方でノマルが呼びかける。ウィンディはコクリと彼に頷き返した。ドクリと共にウィンディは今か今かとコオリドラゴンの出現を待っていた。

 すると氷の壁に突如亀裂が走った。あみのような形で氷に入ったヒビはウィンディに一層緊張感を持たせた。氷の壁を形成する氷がグラグラと揺れ、ぽろりと一欠片崩れた。直後、咆哮が氷の壁の方から放たれた。それと同時に氷の壁は弾け、コオリドラゴンが姿を表した。耳をつんざく轟音に思わず目を瞑るウィンディ。そんな彼女にドクリはポツリと言った。


「仕事だウィンディ。行くぞ」


 3回目の戦闘を前にしている少女にかけるには簡潔で冷淡にもとれる言葉だ。しかしウィンディは目を開き、コオリドラゴンを目視してニヤリと笑った。


「了解!まずは敵意を……」


 そういうや否やコオリドラゴンは尻尾を箒のように奮って地面に散らばった氷片をウィンディたちに飛ばした。水平に走る雨のように飛んでくる氷の弾丸をウィンディはツルハシを盾のように構える事で防ぐ。そして叫んだ。


「敵意確認!行きます!」


 ウィンディとドクリが同じタイミングで駆け出した。コオリドラゴンは牙を剥き出しにして彼女とドクリを威嚇する。しかし尚も向かってくるウィンディとドクリに我慢の限界がきたのかコオリドラゴンは高く首を上げた。そして振り下ろすと同時に鼻から冷蔵庫では比にもならないぐらいの極寒の吐息を打ち出した。形のない吹雪をガードすることはできず、ウィンディは転がるようにして吹雪の射線から命からがら抜け出した。見ると射線上の地面はスケートリンクのように凍りついていた。

 ウィンディがコオリドラゴンへの突進に手こずっている間にドクリは相手の懐まで潜り込んでいた。ドクリの目と巨大な体躯を持つコオリドラゴンの人間の何倍もの大きさの目とが合う瞬間、ドクリは腕が見えなくなるほどの速さで2連撃を放つ。音が重なって聞こえるほどの速度にコオリドラゴンは避ける間もなく白い鱗を一部散らすことになった。

 激昂したコオリドラゴンはより一層冷気をあたりに撒き散らし始めた。ドクリとウィンディは後退することでそれを開始するもみるみるうちに地面が凍っていき、コオリドラゴンの真下の地面を残してあたり一面が雪原のように凍りつく。それは近づこうにも近づけないことを意味していた。


「遠距離一本に縛られた!ダイナ、ノマル!撃て!!」


 ドクリは汗を垂らし、少し焦り気味でそう叫ぶ。彼の叫びに呼応したノマルとダイナはそれぞれツルハシを構えた。コオリドラゴンに向かってノマルはツルハシで空を切った。そして2、3秒遅れて金属音のように硬いもの同士がかち当たったような音が響いた。ノマルの鉱技、飛ぶ攻撃を見たウィンディは戦闘中でなければ彼に飛びついているところだ。飛ぶ攻撃などマンガでしか見ない代物だ。カッコいい以外の言葉が似合わない。

 直後、ダイナの雄叫びが響き渡った。彼女の頭上には元の何倍にものびたツルハシが掲げられていた。そしてツルハシの刃先を数ミリの狂いもなく、コオリドラゴンの尻尾に振るった。どん、という大砲のような音を立てて振り下ろされたツルハシはコオリドラゴンに絶大なダメージを与える。しかし倒すには至っておらずさらに激昂したコオリドラゴンは鱗を逆立てた。次の瞬間表皮を覆う鱗がウィンディたちの方へ向かって霰のような密度で打ち出された。避けようにも避けた先にも飛んでくる鱗に4人はさらなる後退を余儀なくされた。


「まずいね、どんどん近づけなくなるね」


 まだ初心者の域を出ないウィンディとノマルを庇うダイナが飛んできた鱗をツルハシで打ち返しながら言う。

 ウィンディにとっては屈辱的だった。自分は一度も攻撃できていない上に、守られている。役立っていない。彼女は歯が割れるくらいに食いしばっていた。しかしふとノマルを見ると、それは彼も同じようだった。ウィンディはダイナの背中の後ろで彼に囁いた。


「1秒でいい、動きを止めてくれる?」


「……いいよ」


 数瞬にもみたないであろう密談を終えた2人は守ってもらっていたダイナの真後ろから飛び出した。未だに鱗は飛ばされ続けている。弾丸ほどでないにしろ食らえば戦闘不能になるに違いないその礫はコンポ採掘氷場を危険地帯に変えていた。そんな危険地帯で自分の庇護下から出た2人のルーキーにダイナは驚き、目を見開いた。


「何をやってる、危険だ!」


 彼女の言葉を、先輩の言葉を無視する様にノマルはツルハシを振るった。飛ぶ衝撃、それは目視できない。その特性を生かしたノマルはわずかな鱗の弾幕の隙間を通し、コオリドラゴンに向けて攻撃を当ててみせた。怯むコオリドラゴン。その一瞬をウィンディは見逃さなかった。

 一瞬だけ止んだ弾幕。しかし目の前にはツルツル滑ってしいそうな氷のフィールド。近づくには危険すぎた。すぐに射撃も再開される。それを承知の上で飛び出したウィンディを大人2人は大声で呼び止めた。止まれウィンディ!ドクリとダイナは叫んだ。しかし活躍しきれないとあう同じ悔しさと、似たような野望を抱くルーキーのノマルのみは彼女の背中をただ見つめていた。

 ウィンディには無限とも言える可能性があった。パイオニア、自分で状況に応じて技を作るツルハシを彼女は構えた。

 一歩踏み出すと同時に鱗が再び射出され始めた。鱗はウィンディのいる場所に一直線に飛んでくる。

 しかしバチっ、という音を立ててウィンディの姿は一瞬にしてその場から見えなくなる。コオリドラゴンも、ダイナもドクリも目を見開いた。さっきまで鱗の的とも言える場所にいたウィンディが凍らされた地面を超えて一瞬でコオリドラゴンの真正面に再び姿を現したのだ。


「セカンドストライク!!!!」


 そう叫ぶと共に放たれたツルハシはコオリドラゴンに吸い寄せられるようにカチあたった。弾幕をすり抜け、1秒にも満たない攻撃にコオリドラゴンは静かにその膝を折ることになった。


 

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