第3話 ギャルと悪魔


 "陰気"


 それは社会から馴染もうとしない、人間の出来損ないたち。認めたくないが、俺もそのうちの1人だ。

 真面に会話できない、クラスとの連中と仲良くできない、イケメンじゃない容姿、世間で言う、陰キャと呼ばれる部類だ。


 その逆の立場である"陽気"、であるギャル子は天と地とも離れている陽キャなのに俺に助けを求めている。そして彼女には、悪魔崇拝者によって産まされた赤ん坊がいることに。



 「この写真、見てくれるかしら」



 保険医である大森先生が、机の中にある引き出しから取り出したのは、中学校の卒業アルバムだった。厚い冊子を俺の目の前に広げさせ、ページの最後であるクラス写真の一覧から、1枚の写真を指さした。



 「これは、同じ名前で」


 「そう、中学時代のギャル子」



 信じられなかった。あのギャル子が髪を染めていない黒髪のオカッパ頭に、黒縁な眼鏡をかけているのが写っていたのだ。そうか、ギャル子も昔は俺と同じ立場だったのか。だとすると……。



 「そうなると、あのグループに入るのは大変だったろ。……いや、まさか」


 「その先は、先生のあたしから言おうか」



 ギャル子の表情が、さらに険しくなる。それを見兼ねた大森先生は、ギャル子が持っていた赤ん坊を手に取り、代わりに抱っこする。中学時代の卒業アルバムを取り出した時点で、ギャル子の精神とここまでの苦労が嫌でも察する。

 それでも俺は興味という聞きたい欲望が止まらず、質問を続けた。



 「悪魔崇拝、というのは無理な話ですよね。あのグループが悪魔教なんて」


 「ところがどっこい。世間は本当にいるのさ。イカれた集団が」


 「悪夢崇拝て、具体的にはなにを」


 「キリスト教の、反対を崇拝する。つまりは、悪魔を信仰としている連中さ。十字架のキーホルダーを逆さまに飾ってるカルト集団。まぁ、少ないネットの知識で面白半分で集まったんだろ。儀式とか召喚とか、遊びのつもりでやってるんだろう、というのがギャル子の推測よ」



 先生の話は、冗談には聞こえなかった。真剣に話を聞いていた横に、それまで険しい表情をしていたギャル子が、俺の肩に手を置いてきた。



 「ここからは、アタシが話す」



 その手は、震えていた。怯えながらも訴える面持ちで、俺もギャル子の方へと向く。



 「アタシは中学の頃の陰気なキャラのせいで虐められてたの。それが嫌になって、遠い高校に入学して、ギャルになったの。カースト上位のグループにも入れて順風満帆な生活……かに、思えたの」



 震える手を、俺は手を重ねて落ち着かせた。凍えそうな声を、少なくとも温めてやるのが、俺の役目だから。

 安心したギャル子は、一呼吸を置いて続けた。



 「修学旅行の時に、アタシの……私の過去がバレたの。そ、それで」


『こいつ昔は違うキャラだったんぜ、ウケる』


『俺らはコイツと違う』


『なぁ、最近ハマってる悪魔教に、悪魔の血を入れてセックスしたら、悪魔の子を産めるらしい』



 これ以上先は話したくないのか、ギャル子は大声で赤ん坊を抱いている大森先生に泣きついた。

 最後まで彼女は言わなかったが、いつも連んでるグループに、ギャル子はレイプされたのだ。しかも、中途半端な知識で、遊びで悪魔を生み出してやるとか、とんでもない奴らだ。



 「先生、それじゃあ今までの2年間にギャル子が連んでいる理由は」


 「セックスされた動画を、バッチリ撮られてたわけよ。ばら撒かれたら、この子の立場はそれこそ悪魔のいる地獄よ」


 「それじゃあ警察に突き出せば!!」


 「無駄よ。そしたら学校中の騒ぎになるし、ギャルと偽って生きてきたギャル子の身にも、なってみなよ。確実に精神が崩壊する。アタシも、初めて相談を持ちかけられた時は、アンタと同じく通報しようと思ってたわ」


 どうしようもない怒りが、俺の心の炎を焼き尽くしている。なんなんだ一体……それじゃあ、ギャル子は2年間も彼奴らの言いなりになって生きてきたことじゃないか。



 「それでも、この子を産みたかったのは、ギャル子が命を大事にする優しい子だということも、わかってあげて」



 大森先生はそう言うが、俺は怒りの根が収まりつかない。未だに泣いてるギャル子に静かに近づいて、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いてやった。



 「どうして、俺を選んだ」



 俺もギャル子も、クラスの輪から外れた存在だった。なら、尚更と俺に寝込みを襲ったわけを知りたかった。



 「……貴方が、1番に信頼できそうだから」


 「それだけで、俺の精子が混じってる子を産んだのか?」


「それは……」 



 かくいう俺も、ギャル子にレイプされたのだ。普通なら叱るべきことだが、ギャル子もレイプされたのだ。けど、俺の肌と重ねるの動機付けが余りにも不十分だ。



 「どうしてだ?」


 「……好き」


 「えっ?」


 「あなたのことが、前から好きだったの。タイプが合う一目惚れていうやつ。……だから、せめて好きな人の遺伝子を宿して、産みたかったの」



 ……なんだよ。俺もお前も、元は同じ人間だったじゃないか。陰気も陽気も関係ない。弱い人間は、弱いまま。ギャル子はそれでも、赤ん坊を産んでくれたんだ。

 俺は確かにギャル子からレイプされた証言を聞いた……だが、それ以上にギャル子を悪魔と称して孕ませた連中を思うと、俺は血が滲むまで握り拳を締める。



 「これは、俺の子でもあるのか」


 「まぁ、そうなるけど。アンタ、この事実を聞いてどうすんの。そろそろ卒業シーズンだし、この子もやっと打ち明けたんだからさ。後は、アンタの判断に任せるよ」



 もし、ギャル子が普通のギャル系の人間じゃなかったら、俺たちは普通に付き合っていただろう。そうしたら、俺たちの間にできる赤ん坊は、こんな無垢な顔して眠っているんだろうな……そして、セックスも……。


 眠っている赤ん坊に、俺はそっと頬を突く。スポンジみたいに柔らかく、力を加えるとすぐに壊れてしまいそうな感触に、俺は命を感じた。


 

 「先生、ギャル子と違う形で出会えたら、こんなことには、ならなかったでしょうね」


 「そうだね……アンタ、これからどうするの」


 「……女の子が、泣いているですよ」



 俺はもう、陰キャな姿で身を隠す自分を捨てる時が来た。目の前で泣いている女の子を、俺はほっとくができない。



 「あとは、任せてください」



 2人の背に、俺は保健室から後に出た。


 あの悪魔崇拝者たちを倒すために、俺の真の力を解放する時が来た。

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