第88話
エラはとても真剣な目で服を選んでいた。これはここがいい、でもここがダメ。と、ぶつぶつ言いながら私たちのことなど忘れて買い物を楽しんでいる。
バサバサと音が聞こえてきて音のする方を振り返ると、ドレスのような服が軽々と宙を待っている。それを受け止めているのは、溢れんばかりにワンピースなどの服を抱えた店員さんだった。投げている先にいるのは……フゥ、あなた、なにしてるのよ。全く。
「これもいいなあ。あ、これエラに似合いそう」
先ほどのエラと同じくらい目をキラキラさせて、服を次々に放り投げているのは、フゥだった。フゥはあれを全部買う気なのだろうか。冬菜もその様子を呆然と見ている。
ふと近くにあった服の値札を見ると……やっぱり高い。普通の服の倍はする。フリルや宝石のような装飾もつけられているこの店の服が高くなるのは当然だろう。
「あ、これ姉さんとユキナに似合いそう」
……ちょっと待ちなさい。まるで私たちがその服を着るかのような……。
「ねえ、姉さんっ、ユキナっ。これ着てみてよ」
やっぱりそうだったか。まあ、買わずに試着だけだというのなら、恥ずかしいけれど着てみて、も……。
フゥの差し出しているその服を見た瞬間、私達は凍りついたようにぴたりと動きを止めた。きれないほどフリルが多かったわけじゃない。あからさまに高そうな服だったからじゃない。見覚えが、あったから。
「冬菜、あれ……」
「そう、ね。あれは……」
セーラー服だ。中学や高校でよく見る、女生徒のきる制服。前世ではよく見られたその服も、この世界に来てからは一度も見ていなかった。
多少フリルがつけられていたり、宝石がつけられていて制服らしさは無くなっているが、あれは確かにセーラー服だ。どうしてあれが、この世界に……。
「ああ、これですか。聖女様が考案なさったんですよ。素敵でしょう」
私たちが驚いてその服を見ていると、男の店員さんが嬉しそうにセーラー服をアピールしている。
聖女、様。マリア様のことだ。また、マリア様だ。どうして今更出てくるのよ。私の婚約者を、地位を奪って、これ以上幸せになろうっていうのね。……だめね。暗くなっちゃダメよ。それにしても、またこんなところでマリア様の名前を聞くなんて……。聞く……ちがう、そうだわ、思い出した、見たのよ。
「見た、そう、見たのよ」
私の手は小さく震えていた。それは驚きからか、恐怖からか。
「人魚国……エラちゃん……聖女様……」
私は気がつけばそう呟いていた。
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