第81話

 獣人国の王様は、切ってしまえと言っている。それも、国の開発のためという大義名分で。けれど、この近くに住む住人達は止めている。なぜなら、御神木というその名の通り、信仰の対象になっているからだ。

 私達は重い空気に満たされたこの空間で、すっかり黙ってしまっていた。どうすればいいのかが全くわからない、というのが正直なところだ。

 また海の中にいた時のように、悩むばかりの問題に立ち向かうこととなり、私達は少し呆然としていた。

「誰だ、お前ら」

 いきなり響く怒声に、私達は勢いよく後ろを振り向いた。何事だろうかと考える暇もなく、目に飛び込んできたのは、その顔を怒りに燃やした男の獣人だった。

「そこで何してる」

 どうやら気が立っているらしく、男はどしどしと荒い歩き方で私たちに近づいてくる。

「答えろっ」

 思わず両手を上げたくなるようなその声に、私達はすっかり怯え切って、何か隠れるところはないかと無意識に探してしまっている。けれど、冬菜はエラを守らなければと本能で思うらしく、エラの手をしっかり握りしめ、その場から動く様子はない。

「大丈夫。僕らはこの木を切りに来たわけじゃないよ」

 怯えた様子もなく、初めに返事を返したのはフゥだった。横目でチラリとフゥの方を見ると、フゥは穏やかな顔で木の幹を撫でている。

「綺麗な、しっかりとした木だね。よく愛されているのがわかるよ」

 フゥはそう言ってにっこり笑うと、男の獣人に優しさの眼差しを向けた。まるで包み込むようなその目は、誰にでもできるものではない。

「そ、そうか。悪かったな」

 えらくあっさり引き下がったその男は、くるりと後ろを向くとどこかへ行ってしまった。おそらく、私たちが獣人、つまり国の人間ではなく、外部から来た人間だと分かったからだろう。

 男の背中がだんだん遠くなっていく。それが指先ほど小さくなると、フゥは、はあ、と大きなため息をついた。

「咄嗟に自分の姿見えるようにしたけど、バレてないかな……」

 どうやらフゥは男が来たことに気が付いてから、自分に普通の生物にも見えるように魔法をかけたらしい。私は元から精霊が見えているから、どのタイミングでその魔法をかけたのかはわからないが。……そう、いえば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る