第75話

 見覚えのない景色に包まれながら、私達は別れの余韻を静かに楽しんでいた。木に囲まれたここは、どうやら森の中のようだ。少し先から人の話し声が聞こえてくる。ここは森の中でも町に近い場所らしく、森の切れ目が見えていた。

 ここは美しい。海の中も綺麗だったが、ここはまた別の美しさがある。キラキラと輝く木の葉は、どっしりと構えたその根は、森を暖かく支えていた。

「いきましょうか」

 冬菜が笑いかけると、私達は頷いて光の方向に進んでいく。こんなに綺麗な森からすぐに出てしまうのは惜しい気もするが、森の中には危険も多い。ここは浅いから大丈夫だろうが、熊などの獣が出てくる可能性もあるのだから。

 森から出ると、もふもふと毛の生えた獣人達が出てきた。失礼だとは思うけれど、触ってみたくなるんだよなあ。もふもふしたい、もふもふ。

「だから、……じゃねえか」

 そこでやっと私は、とある異変に気がついた。私の耳に届いた話し声は、まるで喧嘩をしているように荒々しいのだ。途切れ途切れにしか聞こえないが、目を凝らしてみると確かに喧嘩をしている。あまり近寄らない方がいいだろう。

 正義の味方ならここで止めに入るのだろうが、私はそんなにできた人間じゃない。所詮、自分のことしか考えられないおろかな人間だ。けれど、それでいい。自分の身も守れない奴に、他の人を守れるとは、私は思えないから。もちろん、そうじゃない可能性もあるから、この意見を誰かに伝えるつもりはないけれど。

「スノー、冬菜様、エラ。強い精霊の反応を見つけました。行きましょう」

 ランが積極的に魔力反応を探したらしく、喧嘩をしている獣人達をぼうっと見つめる私たちをせかした。言われるがままについていく私達は、まるで子供のようだ。

 私達はランに続いて進み始めた。ランは街の方に行くのかと思いきや、森の方に向かって歩いている。どうやら風の五大精霊は、獣人達の中に紛れて暮らしているわけではないらしい。

「あの子も気がついたみたいね。こっちに向かってきているようだわ」

 冬菜がエラの手を引きながら前を見てそう言った。私も魔力を感じ取ろうと意識を傾けると、向こうから冬菜より少し小さいくらいの魔力反応が近づいてきているのがわかった。私が不思議そうに首を傾げると、冬菜は私に向かって笑いかけた。

「ああ、気がついた。あの子、私より少し後に生まれたから、私より魔力が少し少ないのよ」

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