第41話
愛称……。それは思いつかなかった。この世界でのそれは、あだ名のようなものだろう。親しい間柄ではお互いに愛称を与え合って、仲の良さを周知のものとするのだ。それは家族間でも行われ、お父さん、お母さんなどではなく、その愛称で呼ぶ家もあるくらいだ。
私のいた家ではそんなもの存在しなかったが、普通の仲の良い家庭ならばあってもおかしくはない。そしてそれは、名付けにはならないのだ。
どう言うことかと言うと、本来の名前は家族、もしくは家族となる者がつけるものだが、愛称は第二の名前、ではなく、いくつでも所有できる、いわばその人の位置付けや役職のようなものなのだ。それは個人個人の間になされる愛情表現のようなものであり、その人を表す名前ではない、とされている。だから、たくさんの人と広く、仲良くなれる人はたくさんの愛称を持っているし、たくさんの愛称をつける。
まあ、私は一つも持っていないけれど……。
「親友って呼べるほど仲良くないと、愛称なんてつけないもんね」
私の心の中を察したように、冬菜が私の肩に手を置いた。エラも気まずそうな顔で私を見ている。そんな顔しないで欲しい。なんかこう、グサッとくるから。
「ねえ、精霊さん。つけてもいいかな」
初めてのことだし、上手に可愛らしい名前をつけてあげられるかはわからないが、そうなれば嬉しい。愛称をつけさせてもらえるなんて、ろくに友達のいなかった私からすれば、夢のような話だ。
「もちろん。私も考えておくね」
火の精霊さんは、嬉しそうに頬を押さえながら羽をばたつかせる。私も自分の口元を触ってみるけれど、彼女ほどにやけてはいないようだ。よし。
「そういえば、雪菜」
何かを思い出したように冬菜は手を叩く。
「私達の冬菜、雪菜というのも、愛称みたいなものなのよね」
にこにこしながら冬菜は嬉しそうにそういって、小さな火の精霊を見た。精霊さんは少し気まずそうに笑う。
これは、あれか。いわゆる、嫉妬、というやつだろうか。愛称を付け合ったのは、私が最初なのよ、とでもいいたいのだろうか。
冬菜は相変わらずにこにこしながら今度は私を見た。そうよね、とでも言うように。
「そ、そうね……」
私はどこか重い空気に背中を叩か……押され、大きく頷く。エラはよくわからないようで、キョトンとしながら私達を見ていた。
そんなことをしなくても、私が冬菜を大切に思っていることは変わりないのに。でも、きっとそれは私も。
もし私たちに何かあったら、私は冬菜を最優先に助けるかもしれない。もしかしたら、冬菜の願いを聞いてエラを一番に助けるかもしれない。私の中での一番は、この世界では今のところ冬菜だ。当たり前のことだと思う。私達は前世、家族のようにずっと隣にいたのだから。最近会ったばかりの2人より、冬菜が大切なのは当然だ。
悪いとは思う。でも、これが人間だ。美しく、そして醜い人間なのだ。
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