第19話

 彼女は幸せそうな笑顔で私を見つめている。私が何かを言い出すのを待っているのだろうか。

 正直、何を話せばいいのかわからない。力のある精霊なら、私のことなど話さなくてもわかるだろう。もしかしたら、私たちが森でした会話も聞いていたかもしれない。

 それに、なんの手土産もなく後見だけしてください、私は何もしませんけれどだなんて、都合が良すぎるのではないだろうか。向こうにはなんの利益もないのに、こちらの願いだけ聞いてほしいだなんて勝手だ。

「私、聞いていたわ。あなた達の会話」

 急に発せられた声に少し怯えつつも、私はやっぱり、と心の中で頷く。それに反して体は固まったままで、どう行動すればいいのかわからない、と救難信号を出していた。

「いいわよ、あなたが安全だと保証しても」

 恐る恐る彼女の方へと顔を上げる。そこには先ほどと全然変わらない優しい笑顔の精霊がいた。けれど、私にはすぐにわかった。これはただの笑顔ではない。何かを含んでいる。

「その代わり、条件があるの」

 彼女は歯を見せてニヤリと笑う。小さなカップが机の上に幕を切るように、ことっと音を立てておとされた。


 条件。いったいどんな無理難題を出されるのだろうか。私は大きな力を持ち、長くを生きる精霊とは違って、力もなければ、精霊よりも経験していないことがたくさんあるだろう。精霊ができないことを、そんな私ができるとは到底思えないのだ。

「条件、聞くだけ聞いてみない」

 彼女は優しく尋ねる。まるで淡い果実に魅了され、誘われるように私は頷いた。どうしても無理だと判断すれば、断ればいい。聞くだけ聞いてみるかと聞くということは、後戻りができるということなのだろうから。

 彼女は笑っていた。けれどその瞳にはまっすぐな何かを感じ取れる。

「火の五大精霊様に力を貸してあげて欲しいの」

 五大精霊。彼女の次に力を持つ火の精霊。そんな精霊に力を貸すだなんて……。五大精霊になれるほど力を持つ精霊が困るようなことに、私が力になれるわけがない。それに、火の五大精霊だって、どこにいるのか……。

「居場所ならわかるわ」

 彼女は私の手を握りしめ、笑顔のなくなった顔を私に向けた。真剣な瞳で私を見つめる。

「お願い」

 火の五大精霊のところへ行って、私が何をすればいいのかも、私で力になれるのかもわからない。けれど、行かなければ、ここで頷かなければいけない気がして。私が気がつけば、はい、と答えていた。

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