第32話 2

 「素晴らしい。この知識は一体どこから持って来たんだ?俺はここに来るまで、少なくとも八年はかかったんだぞ」



 「そ、そうですね、二年くらいでしょうか。でも、きっと篤田監督程モノを知りません」



 「ほう、ならどうして?」



 「しゅ、調べたんです。今までの作品、全て見てますから。何となく、篤田監督っぽくないなってフレーズが分かってきまして。それで、インターネットで検索してその映画を見ました。篤田監督が尊敬しているのが、元ネタを見て凄く伝わって来たのでそっちも一言くらい触れておきたくて……」



 更に言葉を続ける。



 「あとは、画狂若人卍映像指揮の手腕も素晴らしいと言いますか!普通って、なんていうか付け足しちゃうじゃないですか。シンプルで洗練されてるのに、不安なのか変に努力して分かりにくくしてしまうと言いますか!画狂若人卍映像指揮の仕事にはそれが無くて、むしろ私には最初にテクニックをゴテ盛にして、それを削って映像にしているように感じるんです!板から日本刀を打つ時と似てますかね?似てませんね!すいません!」



 とんでもない勢いでまくしたて、勝手に謝るサラ。



 「……凄いね、この子」



 「あぁ、凄いな」



 一方、二人は嬉しさのあまりに言葉を失っていた。自分たちが日の目を浴びようなどとは一切思っていなかったし、むしろ向けられるのは嫉妬や憎悪の類だと身をもって知っていたからだ。呆気に取られて、返す言葉も見つからないらしい。



 「あの、お二人ともどうしたんですか?」



 「……その、一つ訊いても?」



 「はい!なんでも!」



 「なんで、僕たちなの?」



 すると、サラは照れ臭そうに笑って。



 「……だって、私も物書きの端くれです。当然、役者は大切です。でも、それだけじゃ伝えられない面白さがあるって思うんです。私は、小説を作者で選んで読むタイプなんです。って言ったら、伝わるでしょうか」



 そう、答えた。



 「……なぁ、サラ」



 勘九郎に呼ばれ、背筋を伸ばす。



 「次の文化祭、俺は恋愛物を撮ろうと思ってるんだ。力を貸してくれ」



 「わ、私がですか!?」



 「あぁ、お前は俺のシナリオもウォズの力も理解している。即戦力になる事間違いなしだ。それに、次の作品で俺たちは伝説になる事を約束する。だから、頼む」



 言って、今度は勘九郎から手を伸ばす。一方、「ウォズ?」と首を傾げたサラだったが、それが画狂若人卍を表している事を理解して頷いた。



 「も、もちろんです!妄想ディレクションのメンバーに新メンバー、これはスクープですよ!」



 言いながら、両手で勘九郎の手を掴むサラ。



 「それ、自分の事だよ」



 そう笑うウォズに、彼女は再び照れ笑いを向けてから、彼とも固い握手を交わしたのだった。



 × × ×



 「という訳で、新メンバーのサラだ。彼女にはシナリオと編集を、後はちょっとした演技も手伝ってもらう事になるだろう。読んでもらったパンフレットの通り、サラは下手をすれば俺やウォズよりも俺たちを知っている。これで、作品により深みが出るだろう」



 放課後のスタジオ。第三旧校舎にはいつの間にかフェンスが設置してあって、鍵を使わなければ入れない様になっていた。これは、部として認められたことで学校から支給された部費を投じたモノだ。おかげで、以前のように宿直室の前までファンに侵入される事もなくなった。

 エリーの危機を感じた勘九郎が理事長に直談判すると、彼はスタジオの設備を卒業後も残す事で設置すると約束してくれたのだ。それにしても、夏休み中とは早い仕事だったが。



 「え、演技?それは流石に無理なんじゃ……」



 勘九郎の言葉に、一抹の不安を感じて視線を動かす。



 「残念だったわね。ここに来たら、そういう事になるのよ。ね、クロエ」



 「うん。私も、最初は音楽だけだったの。一緒に頑張ろう」



 「よろしくね、サラ!」



 囲まれて、目を回しながら挨拶をするサラ。一方、男子たちは機材を用意して練習の準備をしている。



 「次の主演はエリーか。……それにしても、ロマンスだとは思わなかったよ。俺はてっきり、カントクはそういうの撮らないのかと」



 「そんな事は無い。それに、シナリオも実は春から温めていたモノがある」



 言って、自分の鞄から台本を取り出す。まだ試作段階だが、大筋は全て決まっているようだ。



 「へえ、転校を繰り返した男子と、その先の学校で出会った女子の恋か。世界観がかなり独特だけど、流れ自体は王道だ」



 「まぁ、こいつは俺だけで作った物語じゃないからな。ただ、自信をもって世に出せる逸品だ」



 意味深な言葉に首を傾げるが、ミゲルはそれよりも興味の沸いた台本に気を寄せた。

 彼らの話が聞こえて来たからか、エリーはそろそろとカントクに近づき、肩に掴まって背後から台本を盗み見る。その時、勘九郎が熱で倒れて呟いた時の言葉を思い出した。



 ――凄くいい話だ。それこそ、一本映画が作れる。



 話の大筋はこうだ。ある日、転校して来た少年は、主人公である少し不思議な自分の世界を持ったヒロインと出会う。その女子生徒は、ある日はスポーツクラブに体験入部し、ある日はカフェでバイトをする。自分の足りない世界を明るくするために、の為に、毎日少しずつ見識を広げていくのだ。

 その男子は、最初は孤立していたヒロインを心配して後をついていた。しかし、いつしかそれは恋心へと変わっていった。彼女の世界を広げる為の行動が自分の幸せになっている事に気が付いたのは、無邪気に笑う表情を三度目に見た時であったという。



 「……逆じゃん」



 カントクがエリーの心情を意識してシナリオを書いた訳ではないのは重々承知だが、それでもツッコまずにはいられなかった。しかし、その声は届いておらず、またエリー以外にこれが誰のストーリーであるのかを知る者はいない。



 「問題は、どう恋愛を成就させればいいのか俺が分からないってところなんだ。サラ、お前には好きな男はいるか?」



 不意に言葉を掛けられて、驚くサラ。



 「えぇ!?……そ、その、今はいませんが、中学生の時には好きな人が居ました」



 「よし、参考にさせてもらう。後で聞かせてくれ」



 言われ、顔を赤くして俯く。



 「はい、ちょっと恥ずかしいですけど、こちらこそお願いします」



 彼女が返事を返した時、一つの異を唱える者がいた。

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