第22話 2

 「おはよう……。エリー、あんたどうしたの?」



 目線の泳ぐ姿を見て、ミアが訊く。



 「どうもしませんけど?別に、どうもしませんけど?」



 「なんで二回言うのよ。あたし、もう少し散歩でもしてこようか?」



 「いや、そういうのじゃないから!」



 聞いて、勘九郎の方を向く。彼はジャッキーカルパスを咥えて、ペンをクルクルと回していた。相変わらず、集中すると周りの見えなくなる奴だった。



 彼女はエリーとは違い、周りの人間を交わす術を知っているようだ。それに、メインヒロインになると宣言したイメージの通り、人に囲まれる事が嫌いでないらしい。



 「今日も映画研究部に誘われたわ。あいつら、そればっかりね」



 「しつこいね。でも、ミアは行かないよね?」



 「行くわけないでしょ?あたしは、ここでやっていくって決めたのよ。それに、金に物言わせたアクションより、カントクのアイデアの方が面白いわ」



 「そうだよね、よかった」



 かく言うエリーも、毎日スカウトを受けていた。彼らの追随を受けないためにあえて人の前に身を晒しているわけだが、それはそれで疲れてしまうというのが悩みの種になっている。



 「とはいえ、そろそろ夏休みでしょ。明けの頃には、少しくらいは落ち着くんじゃないかしら」



 「だといいねぇ……」



 ため息を吐き、思わず後ろに体を倒す。嫌な事を思い出したからか、自然と勘九郎に身が寄せられてしまったのかもしれない。



 「やっぱ、席外すわよ」



 「だっ!ち、違うんですよ!というか、カントクはいつまでシナリオ書いてんの!」



 パチンと肩を叩くと、彼は今更ミアに気がついた。



 「あぁ、おはよう。今日も疲れただろ」



 「そうでもないわ。あたし、見られてる方がやる気出るの」



 「頼もしい限りだ。ただ、次の撮影まではもう少し待ってくれ。さっきウォズと話したんだが、あいつもクロエも自分の用事でしばらく手が離せない」



 ウォズは仕事、クロエはすぐにコンクールが迫っている。



 「構わないわよ。兄貴も受験勉強に力入れ始めたみたいだし。それに、休みに入ったら忙しくなるんでしょ?」



 「そうだな。ちょうどいい、お前ら二週間くらい時間空けられないか?」



 「結構長いわね。合宿でもするの?」



 「その通りだ。俺のいとこの両親が旅館を経営していてな。そこで腰を据えて一本映画を撮りたいと思っている」



 「へえ、海は近いの?」



 離れて息を整え、落ち着きを取り戻したエリーが訊く。



 「あぁ、北陸地方のとある田舎町なんだが、結構いい場所なんだ。俺もこの街に来る前、そこに住んでいた」



 「へえ、そう言えばカントクって前に料理が苦手って言ってたね。一人暮らしなの?」



 「あぁ。……まあそれはさておき、途中参加でも構わないから、近いうちに必ず時間の都合が合う日程を教えてくれ」



 不自然に話を流したのが、エリーには少し引っ掛かった。



 「いいわ、兄貴にはあたしから確認しておく。安心しなさい、必ず時間を作るようにするわ」



 「わ、私も」



 「よろしく頼む」



 言って、再びモニターとノートに目を移す勘九郎。特にやる事のない二人は、後ろからこっそりとその作業を覗く。



 「……ちょっと待って、これってもしかして」



 「あぁ、ホラー映画だ」



 「いやだ!私恐いの苦手だって言ったじゃん!」



 まだ始まってもいないことに絶叫するエリー。その横で、勘九郎がペンを走らせたノートを持つミア。中盤をパラパラと捲って中身を読むと、血の気が引いたのか青い顔をして机の上にノートを戻した。



 「……あたし、主演はパス。エリー、あんたに任せる」



 「えぇ……。ミアがそれなのに、私が出来るわけないじゃん」



 沈んだように顔を伏せる二人。



 「落ち着け、今回はお前らじゃない。主人公はミゲルに任せる」



 エリーとミアで交互に主人公を回していたのだが、実はミゲルの演技をもっと見たいという女子生徒からの声が集まっていたのだ。



 「ふぅん、まあそれなら。でも、このお化け役のビジュアル、あたしもエリーも全然当てはまってないじゃない」



 黒髪で高身長、リングから始まったこのビジュアルは、最早全世界における悪霊のロールモデルと言っていい。これ以上に恐怖を煽る姿が、今は未だ勘九郎には思いつかない。



 「だが、ウチにはそれにピッタリのメンバーがいるだろう」



 言われて、すぐに気が付く。



 「もしかして、クロエをお化けにするの?」



 「その通りだ。まあ、セリフもないし大丈夫だろう。きっと応えてくれる」



 「大丈夫って、あんたね……」



 一緒に過ごしていて、彼女は学園の生徒たちが思う以上にシャイな子だと知っていた。



 「私、多分無理だと思うよ」



 「あたしも、流石に今回ばかりは無理だと思うわ」



 しかし、それと同時に勘九郎が無策でただ頼むような男でない事も知っている。一抹の不安を抱えながらも、一体どうするつもりなのかと考える二人だった。

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