第17話 7
幸せそうだと思われたい。
逆に言えば、どうすれば相手に自分が幸せだと思わせる事が出来るのか、と言う願望を形にする事。それは、どこか映画によってもたらされる感動に通ずるモノがあると、勘九郎は思った。映画に魅せられる事は、作った人間の思惑に嵌められる事と同義だ。
疑問は更に加速する。
彼を魅了した作品と、彼の作った作品の違いはなんだろうか。どうして、今まで自分は満足出来なかったのか。下手くそな演技でも、自分の思うままに作り上げた作品が形になったのなら、そこで満足出来るはずではないだろうか。永遠と求め続けるクオリティは、一体誰のための物だ?
そして、ふと芽生えた一つの想いは口をついて出た。
「俺たちは、どれだけ人の感情を揺さぶることが出来るんだろうか」
あの日の違和感。
エリーにコスプレを頼んだ時。眠る前に自分の映画を見る様に頼んだ時。感じていたのは、本当は無意識に誰かのリアクションあってこその作品だと知っていたからだったのだ。
どれだけ自分が満足しても、そこで終わってしまっては意味がない。人に使命がある様に、作品にも使命がある。その使命を果たすために、世のクリエイターは作品を発表するんじゃないのだろうか。
……そうか。本当に欲しかったのは、俺ではなくて誰かの満足感だったんだ。承認欲求の化け物。それが、俺たちクリエイターの本当の正体だ。
作品を産み出して、いつの間にか形を変えた最初の想い。しかし、それは勘九郎を真の映画監督へ昇華させる何より大切なエネルギーとなった。
だったら、やる事は決まっている。問題は、どうやってインパクトを与えるかだ。
思い立つと、もう一度その言葉を呟いた。
「幸せそうだって思われたい」
それを聞いたのか、いつの間にか真剣に練習をしていた三人がポカンと口を開けて彼を見る。
「……ごめん、それどういう意味?」
辛うじて言葉を口にしたのは、最も早く考える事を止めたエリーだった。反応されて、だったら協力してもらおうと返事をする勘九郎。
「そのままだ」
説明しようにも、それ以上伝えようがない。
「幸せになりたいか、じゃなくて?」
「あぁ、どうすれば人からそういう風に思われるのか、という事だ」
「……ごめん、やっぱり意味わかんない」
「それって、何か演技に関係あるわけ?」
姿勢を崩し、腕を組んで問いかけるミア。
「ある。こいつを見てくれ」
そう言って、先ほどまで広げていた雑誌の一ページを見せつけた。膝を立てて、真っ白な歯を覗かせたファッションモデルの写真だ。
「仮にこいつが借金まみれで、おまけに恋人に先立たれた天涯孤独の身だとすれば、これはとんでもない演技だと思わないか?完全にしてやられたって、そう思わないか?」
「まあ、本当にそうならね」
「そう言う事だ。じゃあやってみよう」
初めての、映画の物ではないアイデアを閃く為の指示。
「……カントクくん、あなたは一体何を言ってるの?」
戸惑いを隠せないクロエ。
「こうかな?」
その後ろで、髪を払って足をクロスし、後ろを向いてからこちらへ振り返って笑うエリー。
「……!?」
「こういうのもあるんじゃない?」
更に、口を両手で隠して、驚いたように目を見開くミア。
「えぇっ!?」
「おぉ、二人とも中々やるな。幸せそうだ」
「お、置いてかれた……」
突然疎外感を感じて、心細くなってしまうクロエ。しかし、そんな彼女をフォローもせず、前から後ろから行ったり来たりして二人を観察する勘九郎。スマホを向けて、あらゆる角度から撮影する。
少し動く様に指示すると、二人は揃ってにこやかに喜んで見せた。どうやら、彼の無茶振りにも応えられる役者になったらしい。
「今、何を想像した?」
「私は、友達に呼ばれて振り返ったよ。おいしいお菓子をくれたの」
「あたしも似たような物ね。兄貴が好きな映画のポストカードをくれたわ」
言われ、指で顎をさすって考える。
何故、この二人はこんなにも幸せそうに見えるのか。普通にプレゼントされただけでは、気を遣う感謝の気持ちも見えてしまうはずだ。
それなのに、手放しでただ幸せそうに、人の気持ちを考えない、純粋な幸せの正体。
「……サプライズだ」
「えっ?」
同時に訊き返される。
「サプライズだよ!何の予定も無しに、突然プレゼントされるから嬉しいんだ。感謝してないんじゃなくて、嬉しさと驚きがそう見える様にさせてるんだ!」
それから、勘九郎はブツブツと呟きながら教室内をクルクルと回る。
一体何がどうなっているのか分からず、二人は一度練習を止めて彼の姿を目で追っている。
もっと何がどうなっているのか分からないクロエは、エリーのスカートの裾を軽くつまんでオロオロと目線を泳がせていた。
やがて。
「……ゲリラ上映をしよう」
呟くと、今度はパソコンをカタカタと叩いて何かを調べ始めた。
後ろから画面を覗いてみると、それはとあるネットオークションのホームページ。検索フォームには、プロジェクターとスクリーンの文字。
「即決価格、7万か」
二つがセット販売されているのを見つけると、迷いもなく入札を行う勘九郎。
すぐに競り落としたことを証明するメールが届いた事を確認すると、ニンマリと笑って三人に向き直った。
「この学校で一番目立つ場所はどこだ?」
また急な質問だが、それでもエリーは真摯に答えてくれる。
「中庭じゃない?あそこは、第一校舎も第二校舎も、校門へ出るのに必ず通る事になるよ」
第一校舎と第二校舎は、中庭をグルリと囲むように建てられている。上空から見下ろせば、道を一本挟んで『[]』の様な形になっている。
「みんな、ちょっと久しぶり」
その時、ガラリと扉を開け部屋に入ってくるウォズの姿。奇しくも、チームメイトの全員がこの場に集合する形となった。
ウォズ本人は、挨拶に返事がない事に若干のショックを受けたが、すぐに何か尋常ではない事が起きているのだと察した。
「じゃあ中庭だな」
言って、ダン!と床を踏みつけ、再度注目を集める。そして、高らかにこう宣言した。
「聞いてくれ!急な話だが、我々妄想ディレクションは座頭市の表舞台へ打って出る!そのデビューを、最も目立つ場所で派手にぶちかましてやろうではないか!」
右手を突き出し、天井に向けて強く握りしめる勘九郎。そして、呆気にとられたしばしの沈黙の後、勘九郎以外の絶叫が教室内に木霊したのだった。
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