第15話 5
結局、都度3回の上映を終えて勘九郎とミアはモニターの前から離れた。余韻に浸っているのか、二人とも満足気な表情でジャッキーカルパスを齧っている。
勘九郎は一つの理想を成し遂げたと感服していたが、片やミアは
「でも、この映画にはまだ足りない物があるわ」
「……なに?エリーもウォズも全力を出した。これ以上はない」
理解出来ない、と言った様子で答える勘九郎。
「なら教えてあげる。それは」
一瞬の間。
「エンディングよ!主題歌も、スタッフクレジットもないじゃない!あれがなきゃ、映画は完結しないの!」
はっ!と、青天の霹靂を思い知る勘九郎。そのまま首を動かしてウォズを見ると、ブンブンと横に頭を振って泣きそうな顔を浮かべた。流石に、そこを強引に押し込む事はしなかったようだ。
「……まあ、主題歌は無理だがクレジットくらいは俺がなんとかしよう。ここに女優とエディターが加わって、初めての映画だからな」
思い立ったらすぐ行動。編集ソフトを立ち上げて、テキストボックスに文字を打ち込んでいく。
「僕は帰るよ。かなりの危機的状況だから……」
「うむ。本当によくやってくれた」
「自分の仕事、片付いたらまた来る」
見た目よりも重たそうな鞄を持ち上げて、そのまま部屋を出ていくウォズ。
「あたしも行くわ。どうせなら、あっちも見ておきたいし」
手をヒラヒラと振ると、ウォズに続いて出て行った。
きっと、映画研究部の練習風景を見学しに行ったのだろう。
キーボードを叩く音だけが、部屋に響いていた。
自分の映画の製作スタッフに、自分以外の名前がある事に少し喜びながら、黙って作業に没頭している。
最後、制作チームの名前を入れる所まで来ると、そこで文字を打つ手が止まった。
「チーム名か」
「決めてなかったんだ」
耳元で囁く声。どうやら、後ろでずっと見ていたようだ。
「必要なかったからな。まあ、こんなのは適当でいいんだよ」
そう言って、『妄想ディレクション』と記入する勘九郎。その名前を見て、エリーは笑った。
「妖しい名前。自分のチームなんだから、もうちょっとかっこいいのにしたらいいのに」
「俺じゃない、俺たちだ。それに、かっこいいのは演者だけでいいんだよ」
エンターボタンを押して、データを保存する。
次に適当な没シーンを選定してちょうどいい長さにカットすると、テロップを表示して簡易的なエンディングを作った。
読者諸君には、トイ・ストーリーなどにある
「それじゃ、帰ろうか」
「あ、今日はちゃんと帰るんだ」
心なしか、少し嬉しそうなエリー。
「せっかく完成したんだしな、家でじっくり見直したいんだ」
空のディスクに保存して、一枚を鞄の中へ仕舞う。
「ほら、エリーの分」
そして、もう一枚をエリーに手渡した。
「ありがと」
「前に言ってたろ。ハッピーな気持ちになれるのをおすすめしてくれって。こいつは、その中でもとびきりの一本だと思うぞ」
「……ふふっ、そっか。じゃあ、楽しみにしてる」
パソコンの電源を落とし、二人も外へ出ていく。そして、校門を出て互いに別々の方向へ歩いていった。
途中、エリーは鞄の中からディスクを取り出してニコニコと笑った。
「あ、そう言えばこの映画のタイトルって決まってるのかな?」
もし、決まっていないなら。そう思ってペンを取り出すと、その場で白い面に文字を書く。
「これで良し」
そこに何を書いたのかは、エリー以外誰も知らない。
しかし、幸せそうにチューイングガムを嚙む表情を見るに、何か甘いタイトルを付けた事は容易に想像できるだろう。
× × ×
数日後。予てから欲しがっていたスタビライザーを購入した勘九郎は、尻尾を振る子犬の様にはしゃぎながらそれをスタジオに設置していた。
徹夜する事もなく、充分に睡眠を取れている事もご機嫌の理由の一つだった。
棒の端っこにカメラを取り付けて、長さを調節するとシーソーの様に押して持ち上げる。レバーでロックを掛けて手元のリモコンで再生を開始すると、そのままステージ上の掃除を始めた。
「あら、あたしが一番?」
ガラっと扉を開けて、部屋に入ってきたのはミア。
結局、勘九郎の作るシナリオを読み漁って気に入ったこっちに入る事を決めたのだ。
無論、映画研究会は公式な部ではない為、どちらにも所属する事は何もおかしくないが。
「よう、その通りだ」
「あんた、顔に似合わず掃除とかするのね」
「まあな。それに、今のところ俺の肩書は監督兼、演出兼、脚本兼、撮影兼、照明兼、大道具兼、小道具兼、AD兼……」
「わかった、わかったからもうやめて」
勘九郎の答えにヘラヘラと笑うと、箒を持って適当に掃除を始める。
そうやって二人で片付けているうちに、再び後ろの扉が開かれた。
「おはよう~。今日は友達連れて来たよ」
「なに?」
「さ、入って入って」
扉の向こう側へ手招きするエリー。釣られて中へ入ってきたのは、黒い髪の毛と涼し気なキレの長い瞳を持つ女子だった。
入って来て、ゆっくり辺りを見渡すと。
「……あ、カントクくん」
彼女は、エリーが見てしまったアイデアのディスクに映っていた。
そのシーンは、確か吹奏楽部のコンクール授賞式だったはずだ。
「
「あれ、二人とも知り合い?」
「いいや、面識はない。ただ、彼女は紛れもなくこの学園の主人公の一人だ」
「私も、名前だけなら。カントクくん、凄く有名だもの」
黒枝乙羽。座頭市学園の二年生で、吹奏楽部に所属している。
美しい演奏技術とクールな性格で、この学園でも指折りの人気のある生徒である。
しかし、彼女は所謂「眺めていたい美女」というタイプで、冷たい雰囲気とハスキーな声から近寄りがたい雰囲気が滲んでしまっている高嶺の花的な存在だ。
「それで、どうしてここに?」
「私がここに入ろうとしてるの見られちゃって。ごめんね?」
テヘヘと、頬を人差し指で掻いて笑うエリー。
「だって、こんな危ないところにコソコソ入っていくのだもの。声くらい掛けるよ」
そう言う事だった。心配症のエリーだが、意外と人から心配される才能もあるらしい。
「それにしても、まさか使ってない校舎の教室がこんな事になってるだなんて。これ、カントクくんが作ったの?」
「その通りだが。……まあ、知ってしまったのなら仕方ない。歓迎しよう」
噂が広まれば、それだけここが潰れる危険が高まるのだが、転校して間もないエリーにその意識が足りていないのは仕方ない。
切り替えて、どうすれば彼女の口封じを出来るだろうかと考えた。
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