第10話 10

 「同じ授業、取ってたんだね。おはよ」



 月曜日、勘九郎は適当な席に座って教科書を広げると、和気藹々わきあいあいと話をするグループの中から離れたエリーが近づいて来た。



 「おはよう。エリーだって楽単だって知って受けてるんだろ?」



 「ありゃ、バレたか」



 わざとらしく笑って誤魔化す彼女は、一つ二つ会話をしてから元の場所へ戻っていった。



 「……なるほど」



 観察してみると、確かに勘九郎と話す時とは雰囲気が違う。

 彼女は、盛り上がる空気を壊さないように努めて、ところどころで大袈裟なリアクションを取っていた。

 あれが、エリーの言っていた嘘なのだろう。



 「いい演技だなぁ」



 こっそりと、スマホのカメラを向ける勘九郎。レンズは、エリーの表情だけを捉えている。

 時折見せる髪を撫でる仕草は、二人の時には見たことの無いモノだった。

 デティールまで拘って、一体誰を真似たものなのだろうか。勘九郎のところへ来たのは、差し詰め誰とでも分け隔てなく接する優等生を演じているからと言ったところだろう。



 「まるで、ルパン三世だ」



 その演技に魅了されている人間から、勘九郎は自分を例外にしない。

 それどころか、いつも見ている姿は誰のものなのだろうかと気にしていて、まるで自分の気持ちを考えていないのだった。



 やがて始業のチャイムが鳴り響き、教科担任が表れた。今日は、絡まれるような事もなく、粛々しゅくしゅくとテスト対策に取り組んだ。



 放課後、先に宿直室に来ていた勘九郎は、以前エリーに着せた衣装に装飾を施し、よりラフィリエの物に近づける様に準備をしていた。

 肩の露出を派手にして、腰には垂れたクリスタルのアクセサリーを付け加える。

 出来上がったモノを見ると、それはまさしくアニメ通りの出来映えであった。

 色々な物を修復している内、いつの間にか手先が器用になっていたのだ。



 「我ながら、中々の出来だ」



 そう呟き、ついでに着け耳を拵える。そうして作業をしているうちに、頭の中に閃く一つのアイデアがあった。



 「ひょっとして、ラフィリエを使えばウォズをスカウト出来るんじゃないか?」



 顎に手をやって、考え込む勘九郎。良からぬ策を練っていると、こっそりと忍び込むようにエリーがやってきた。



 「おじゃましま~す」



 「……どうした」



 「なんか、クラスの子が返してくれなくってさ。大変だったよ」



 そう言って、ポケットからガムを取り出して口に入れる。痺れるような甘さを感じて、すぐに口から包み紙へ移す。



 「そうか。ところで、エリーに頼みがあるんだが」



 「頼みも何も、手に持ってるじゃん。どうせそれを着て編集を依頼してくれって言うんでしょ?」



 「いいや、もっと大変な頼みだ」



 作戦を話す勘九郎。



 「ふふ、何それ。そんなので喜ぶの?」



 「あぁ、間違いない。感動のあまり、スタンディングオベーションで嵐のような拍手まで貰えるはずだ」



 あまりにもしょうもない内容に、呆れたような笑いを溢してしまう。



 「もう、仕方ないな。まあ、それでカントクがちゃんと家に帰る様になるならやってあげてもいいよ」



 「流石だ、感謝する」



 手に膝をついて頭を下げる勘九郎。

 奇人の割りに横柄でなく、変人の割りに常識的な部分があるのが、彼の不思議さを強調する理由なのかもしれないと、エリーはその姿を見て思った。



 「ところでさ、何か前よりも露出上がってない?」



 「衣装一着を潰した程度でウォズが手に入るなら、安い出費だ」



 「いや、そう言う話をしてるんじゃないよね?それ着るの私なんだよね?」



 勘九郎の手から服を取り、立ち上がって広げる。大胆で、大胆な衣装だった。



 「うわぁ、これ凄いね」



 「そんな凄い物を着こなせる奴がいるらしい。因みに耳もあるぞ」



 針と糸を片付けながら、ヘラヘラと笑う勘九郎。



 「もう、ばか」



 それは、今まで誰にも頼らずに意地を貫いてきた勘九郎が見せた、初めての安らぎの顔であった。

 頼れるモノでも、ワクワクするようなモノでもない。ただ、無邪気な笑顔。



 「……全く。ほら、着替えるから出てってよ」



 そう言って、着替えるまでにかかった時間はたったの5分。しかし、扉を開けて勘九郎に披露するまでに、10分を要した。

 理由は、いつまで経っても冷めない顔の熱のせいだった。



 「へえ、ばっちりだ。そこいらのコスプレイヤーは、裸足で逃げ出すだろう」



 「思ったより恥ずかしいかも、早くカメラ持ってよ」



 「何故?」



 訊くと、何かを言い淀んで再び顔を赤くする。



 「い、いいから!大体、それがカントクの仕事でしょ!?」



 珍しく怒った様子のエリー。慌ててカメラを持って彼女に向けると、スッと熱が引いて代わりに目をトロンとさせる。

 何度見たって、完璧にラフィリエを演じきっている。先ほどまでの態度とは打って変わって、妖しげな雰囲気を漂わせている。



 「それじゃあ、いこっか」



 「あぁ、クランクインだ」



 そして、彼らは部室棟までの道をそのままの格好で歩いて行ったのだった。



 この日、座頭市学園には本物のエルフがいる、と言う噂が流れた。

 金髪にして碧眼、長い耳に緑の衣を纏った、正体不明の魔法使い。

 その姿を見た者は、西洋ファンタジーを思わせる麗しい容姿に魅了され、動く事も忘れてしまったという。

 だから、その異世界人の姿をカメラに収めた者は、この世界にたった一人しかいなかった。

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