豆の木とジャック
北見夕夜
豆の木とジャック
私が最初に見た景色は、驚く人間の顔だった。
どうやら私が、土に植えられて1日で、芽を出したことに驚いているようだ。
人間は、3人いて、小さな子供は、ジャックと呼ばれている。あとの2人は、お父さん、お母さんと呼ばれているので、このジャックの両親なのだろう。
周囲を見るが、私の仲間は誰もいないようだ。
一人ぼっちの私の周りを囲む3人の家族。
私が初めて感じた感情は、寂しい、だった。
次の日、目を覚ますと、私は、さらに成長していて、その頭は雲をも超えていた。私の根元で、ジャックたちが、目を丸くしているのが見える。いや、しかし、ジャックたちよりも、私自身が驚いている。私たち豆は、大地に落ちた瞬間に、産声を上げるのだが、私は、生後僅か3日にして、世界1の高身長になってしまったのだ。
遥か高い位置から世界を見下ろす事は出来たけれども、蔓の届きそうな距離にさえ行くことの出来ない自分にもどかしさを覚えた。
4日目。
ジャックが、いきなり私に登り始めた。何をするんだ、と思った。確かに、木のように大きく育ってはいるが、私は、ただの豆だ。もちろん、マメ科の中には、木のような身体をもつ種類だっている。けれど、私は違う。第一、そんなに太っていない。失礼な。
実際、子供一人がしがみついただけでも、私の茎は悲鳴を上げた。痛い。ちぎれそうだ。
ようやく、ジャックが、私を登りきり、雲に降り立った。
ジャックは、ワクワクした様子で、雲の上を走っていった。
私は、怒りという感情を理解した。
しばらくすると、ジャックが戻ってきた。手には、鶏を持っている。まさか、と私は思った。登るときにはジャックは、手ぶらだったはず。いや、少なくとも鶏などは持っていなかったはずだ。私は、雲の上を覗いてみる。遠くに、巨大な家が見えた。間違いない。私は確信した。この子供は、罪を犯したのだ。
ジャックが、私の身体を伝い、地面に降り立った。
無邪気な笑顔で、家の中に入っていく。
ジャックの重みで痛む身体よりも、今は、心が痛かった。
次の日も、そして、また次の日も、ジャックは、私の身体を伝い、雲の上に登っていった。そして、帰るときには、必ず、高価な宝石や不思議な宝物を手にしていた。
まだ幼い子供に芽生えたその悪の種に、私は何もすることが出来なかった。私は、あまりにも無力な自分自身を呪った。
ジャックが、雲の上に登っている間は、お母さんが、私に水を与えてくれた。お母さんは、よく独り言を言った。そして、その独り言の一つを聞いて、私は、驚愕した。私が、牛一頭と交換されたというのだ。そう、私の親は、私を、たったの牛一頭で売りさばいたのだ。その事実は、私の心を深く傷つけた。
私は、自分の存在意義が分からなくなった。
自分の力で、どこに行く事も出来ず、幼い悪の芽を見ても、ただ、傍観する事しか出来ない。そして、自分の親すらにも見離された、私という存在。
心の中を、占めるのは、怒りや悲しみ、そういう負の感情ばかり。
枯れたい。
そう思った。
ただ・・・
ただ、一度だけでいい。
私は、幸せというものを感じてみたいと思った。
枯れる前に、
一度でいい。
ただの一度だけでも、幸せだと思えたなら、きっと私の生涯は、悔いの無いものになる。
そんな気がした。
ドスン。
地鳴りのような音と共に、今までに感じた事の無い大きな揺れを感じた。
見ると。雲の上の巨大な家の中から、巨人が走ってきていた。
その前を走るのは、ジャック。その手には、金の竪琴。
遅かったのだ。
幼かろうが、罪は罪だ。罪を犯せば、いつかは罰せられるのだ。
巨人がジャックに向かって、その巨大な手を伸ばした。
危ない!
しかし、ジャックは、その巨人の手をするりとくぐり抜け、そして、私の身体に飛びついた。
身体中に、激痛が走る。
だけど、倒れるわけには行かない。
今、私が倒れれば、ジャックも地面に叩きつけられてしまう。堪えなければ。
私は、思い切り身体に力を込めた。
しかし、そんな私をあざ笑うかのように、私の身に更なる悲劇が降りかかってきた。
巨人までもが、私の身体に飛びついてきたのだ。
私は、葉を食いしばって、必死に堪えた。
何故、私だけがこんな目にあうのだ。
私の目から、樹液が流れ落ちる。
さもすれば、遠のきそうな意識の中で、私は、思った。
もう、いっそ、枯れてしまいたい、と。
どの位の時間がたっただろう。
身体への負担が、少し軽くなった。
見ると、先に降りていたジャックが、地面に降り立ち、家に向かって走っていくところだった。
巨人は、まだ私の真ん中くらいの位置にいた。
少しだけ私は安心した。
もう、倒れても許されるだろうか。
だが、安心したのもつかの間、私は目を疑った。
家に逃げたはずのジャックが、お父さんとお母さんを連れて、戻ってきたのだ。
その手には、斧。
まさか、と思った。
ジャックは、私の足元まで走ると、一度、巨人の方を見上げた。
巨人が、ジャックの手に持った斧を見て、慌てて、今度は上のほうへ登り始めた。
やめてくれ!
私は、叫んだ。
けれど、私の言葉は届かない。
ジャックは、斧を振り上げると、渾身の力を込めて、それを私の身体へ振り下ろした。
言葉すら出なかった。
斧で、切り裂かれた部分から、大量の樹液が流れ出した。
痛いのか熱いのか分からない感覚。
またすぐに同じ場所に、衝撃が走る。
うぁあああぁああぁ・・・・
今度は、うめき声が出た。
確かに枯れたいとは、思った。
だけど、こんな枯れ方は嫌だ。
再び激痛。
私は、まだ、幸せを・・・
激痛。
幸せを・・・
激痛。
幸セヲ・・・
激痛
幸せを、感じていないのだから!!!
そして、私の身体は、根元で分断され、私は、巨人もろとも地面へと崩れ落ちた。
意識が遠のいていく。
ああ、私は枯れるのだなと思った。
一人ぼっちのまま、幸せというものを知ることも出来ずに。
声が聞こえる。
閉じかけた目を、開けて、声のするほうへ目を向ける。
ジャックたち親子が、手を取り合って、喜んでいる。
巨人が、きっと死んだのだろう。
親子は、とても嬉しそうにしている。
追っ手の巨人が死んだ今、宝はすべて、彼らのものだ。
ああ、幸せというのは、ああいうもののことを言うのかと、私は思った。
他人のものを得てでも、自分さえがよければ、それで満足できる。
それを幸せと呼ぶのなら・・・私は、幸せなど知らなくていい!
・・・ああ、眠い。
駄目だ。
堪える事が出来ない。
幸せに興味をなくした今、もう生きている意味もない。
枯れてしまおう。
私は、抗わずに眠気に身を任せた。
・・・。
どこからか、声が聞こえた。
耳を澄ませてみる。
・・・おぎゃあ。
確かに聞こえる。赤ちゃんの産声だ。
私は、重い瞼を、必死でこじ開けた。
視界は既に霞んでいた。はっきりとは、見えない。
けれど、そこにあるものは分かった。
種だ。
私に生っていた豆が、倒れたときの衝撃で弾けて、その中の種子たちが、地面に投げ出されたのだ。
私たち豆は、大地に落ちたときに、産声を上げる。
今、私の赤ちゃんたちが、産声を上げたのだ。
私の目から、再び、樹液があふれ出した。
けれど、それは、先ほどの樹液とは違い、優しくそして暖かかった。
あちら、今度はこちら、と、産声が広がっていく。
私は、一人ではない。
心の中が満たされていく。
同時に、意識が薄れていく。
私は、ゆっくりと瞳を閉じた。
もう、後悔は無かった。
今、私は、自信を持って言える。
私は幸せだ。
終わり
豆の木とジャック 北見夕夜 @yu-yakitami
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