横浜山手おもひでレストラン トロイメライ
五徳ゆう
第1話 空からイケメンが降ってきた
空から降ってくるのは決して雨ばかりとは限らない。
ふと気配を感じて矢地尾(やぢお)俊介が天に掌をかざすと『何か』が突然落ちてきた。
ぱしりと乾いた音。
手に伝わるざらりとした乾いた感触、微かに漂う少しつんとする匂い……。
手にぴったりと収まったその正体を恐る恐る確かめる。これは……。
「玉ねぎ……?」
もしやと思って見回してみるけれど、つるりとした皮に覆われたそれはごくありふれた形をしていた。
どうしてこんなところに?
野菜が降るなんて聞いたことないぞ?
思わず首を傾げる。
山手音大に続く心臓破りの山音坂。
その階段を上がっていただけなのに、まさかいきなり玉ねぎが降ってくるとは。本日の天気予報は大外れもいいところだ。
「あ、やべ」
予想外の出来事に気を取られている場合ではないと、スマホのアラームで俊介は我に返った。
レッスンの時間が迫っている。
こうしてわざわざ険しい道のりを選ぶのには理由がある。
山を迂回するように伸びている正規ルートを歩くよりこっちの方が断然早く大学に着くことができる。だから山大生は斜面にに食い込むような傾斜のこの坂を息を切らして登るのが日課なのだ。
そして俊介も例外ではない。
せめて少しばかり時間が欲しい。
技術的なものではなく、心の余裕を作るための準備。
そのために少しでも稼いでおきたかった。
(正直もうちょっと時間が取れると思ったんだけどな……)
ぎりぎりまで譜面のチェックをしていたら予定よりも遅く家を出ることになってしまった。
もう片方の手に握られた楽譜を握る。正直暗譜しているから実際の演奏には必要がない。
しかし念には念をだ。
一歩一歩大学へ近づきながら譫言のように口を開く。
「今度こそ……、絶対にヘマしない。俺はできる……、俺は……」
暗示のようにぶつぶつと呟いていたその時、急に視界を何かが横切った。
「は……?」
大量の玉ねぎ。
大中小と様々な大きさで急斜面を軽快に滑り落ちていく。
一体どうなってるんだ今日は……!
今日は玉ねぎ時々雨な予報に変わったりでもしたのだろうか。
「あ……?」
気配を感じてはっとして顔を上げる。
その瞬間に瞳が釘付けになった。
第一印象はただただ美しいだった。
澄んだ音のように深いグレーの瞳が俊介を見つめている。
銀色の髪が揺れてまるで音を奏でる弦のようにしなやかだった。
肌が透き通るように白くて、それでいて大きな瞳の中に俊介の驚いた顔がくっきりと映っているのが分かる。
ああ、すごい。
心が揺さぶられる音がする。
昔、小さい頃に感じた幸せな時間が蘇ってくるようなそんな感覚だった。
「
思わずそう呟いてしまうくらいに。
目の前にべらぼうに顔がいい美人が落ちてきた。
大量の玉ねぎとともに。
空から。
(は? 空?)
はっとして見上げる。
階段を登り切った場所から投げ出されたように飛び出しているのが目に飛び込んできた。
登り切った先は急カーブだしきっとバランスを崩してしまったに違いない。
いや、そんな悠長なこと言ってる場合じゃあない。
「まじかよおおお!」
思わず楽譜をぶん投げた。
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