比べる男

富升針清

第1話

「あら。とても綺麗な布ね。鳥の刺繍が素敵。これいただくわ」


 私は、とあるアラビアンナイト世界の人間に会いに、愛犬の散歩のついでにこの街へ参りました。その時、市場に店を構える一軒の布やの布に心を奪われてしまったのです。


「お客さん、お目が高いね。それは、この店の一級品さ」


 布屋の主人はまだ若く、とても人懐っこい笑みを私に向けました。


「是非いただくわ。お幾らかしたら?」


 私は財布を取り出すと、青年の行った値段で布の代金を払いました。


「お客さんは、どっかのお姫様かい?」

「ふふふ。お上手いのね。お姫様だなんて。けど、残念。違いますわ。でも、何故そんな事を?」

「こんな大金を持ち歩く人間なんて、お姫様ぐらいの金持ちぐらいしかいないからね。いいね、金持ちは。俺なんて持っているのはこの店ぐらいさ」

「あら。そんな事……。でも、比べられても困りますわ」

「いや。俺は比べるのが趣味な男でね、ついついいろんな人と自分を比べちまう。自分がそいつより恵まれてるって優越感に浸るのが好きなんだ」

「それはとても素敵な趣味な事で。例えばどんな風に比べるのか教えていただけませんか?」


 私が問いかけると、布屋の主人はまた人懐っこい笑顔を私に向けてくる。


「簡単だよ。そいつらを不幸にすればいいのさ。例えば、片足をなくさせるとか……。ほら。それなら、俺より数倍も、いや、数百倍も不幸だろ?」

「まぁ。怖い」


 なんと残酷なお話でしょうか。

 思わず私は恐ろしくて、身震いしてしまいます。


「例えばの話さ。とりあえず、俺より不幸な奴より優位に立ちたいだけさ。比べてね」


 布屋の主人は、また私に人懐っこい顔で笑いかけました。


「ふふふ。例え話なんですか? 驚いてしまいましたわ」

「例え話は、例えばの話さ。例えば、足。それだけさ」


 では、何故例え話に腕を出さないのかしら?

 ふふふ。不思議なお話だ事。


「おもしろい話ありがとう。では、失礼しますわ」

「まいどあり」


 私は、男に頭をさげると、買った布をフードのように頭にかぶせました。

 ここの国はとても日差しが強いんですもの…。日傘一本じゃとても足りません。



「ご機嫌様、我らの王」

「やっと来たか。待ちくたびれたよ、渡り鳥」

「あら嫌だ。約束のお時間は守っていましてよ?」


 私は玉座に胡座をかく、我らの王の腕に滑り込む。


「お呼びくださったのは、お仕事のお話かしら?」

「仕事を聞く態度とは思えないが?」

「ふふふ。鳥だって、宿木には休むものですわ」


 嫌がる素振りもしないくせに。

 咎めるつもりもない言葉なんて、心底つまらない。


「それに、貴方の事は私が一番よく分かっていてよ? どうせ、金糸雀のお話でしょうに」

「賢い愛鳥だな」


 そう言いながら、私の首元に我らの王は顔を埋める。


「話が早い。始末しろ」

「あら、可愛い子だったのに。残念」

「はは、思ってない癖に」

「……だって私、お喋りな子は嫌いですもの」


 不埒な手を払い除けながら、私は鼻で笑った。

 あの女は予々邪魔になると思ってましたが、まさかこんなにも早くとは……。全く、使えない子だ事!


「首を持って来い。お喋りな口を、な。さて、今回の褒美は何がいい? 宝石か? 金か?」

「……そうね。貴方の地位なんて如何かしら? いつまでもここで王様ごっこなんてそろそろ飽きてく頃だと思うし……。良い案で御座いましょう?」


 私は王の頬に触れる。


「それもいいな。また一緒に世界を歩き回ろうか?」


 嬉しそうに我らの王が笑う。

 ああ、ヤダヤダ。

 冗談が分からない男だ事。


「嫌よ。私は、今の自由を貴方以上に愛しているから」


 私は笑いながら王に言った。

 隣に連れて歩くには、少しばかり首輪がキツくなってしまうでしょ?


「お前から言い出したのに。相変わらず勝手な女だな。なら、何がいい?」

「ふふふ。私が冗談が好きな事を貴方もご存知でしょうに。そうね……。……あぁ。そうだ。褒美は、そうね、決まったわ」


 そうだ。

 これにしよう。


「何だ? お前と同じぐらいの重さの宝石か?」


 我らの王は赤子の様に、私の胸に顔をうずめる。


「ふふふ。違うわ。あそこの市場の布屋の店を買って欲しいの」

「布屋ぁ?」


 胸元に埋まっていた赤子が、怪訝な顔で顔を上げる。

 それ程までに私の願いは突拍子もなかったみたい。

 

「えぇ。あそこの布屋の主人から全てを取り上げて。それが報酬。どうかしら?」

「何かあそこの主人に恨みでもあるのか? 殺して欲しいなら自分ですれば良いだろ?」


 私は我らの王の口を指でそっと押さえる。


「殺してはダメ。生かしたまま、全てを取り上げて欲しいの」


 私がにっこりと笑うと、また彼は怪訝な顔をする。

 おもしろい事。

 まるで壊れたオモチャみたい。


「どんな恨みがあれば、そんな悪魔みたいな事を思いつくんだ?」


 まったく。

 何て失礼な人かしら!


「いいえ。これは立派な人助け。比べるモノは他の人以外にも自分自身の過去もあるってことを教えてあげようと思って」


 私は我らの王にあの布屋の主人の様に笑いかけた。


「いい考えだと思わない?」



おわり

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