ミハエル、コソコソする


「お前は此処で何をしている。何故ミハエルと? それに、そのジャケット……」

「ひぇ……! こ、これには訳が……!」

「ああ、こんにちは公爵様」


 城に到着したミハエルと私。

 この姿のままでは王に謁見出来ないので、着替えをお願いしようと顔馴染みのアニーの元へと向かっている途中だった。

 勿論城にはお仕事中の公爵が居るので、私と二人きりでいる所を見られたくないミハエルはコソコソと周りを気にしながら行動していたのだが、そんな時こそ見つかってしまうのだ。

 二階の中庭に面した廊下で、その人に出会ってしまった。


 だから言ったのだ。

 悪い事をしても堂々と歩いていれば案外気にしないものですよ、と。隠そうとするから逆に怪しまれるのだ。

(いや、そもそも別に悪い事なんてしてないんですけど)


「城には陛下に私個人のお願いがあって……、丁度ミハエルさんが公爵家に来たので一緒に乗せてもらいました。ミハエルノウマに、ね?」


 ハント公爵が恐くて言葉が出ないであろうミハエルは、うんうんと激しく頷くだけ。いつか上司にも慣れる日が来るのだろうか。


「ジャケットは貸していただいたんですよ。途中、背中のリボンが枝に引っかかってしまったので解いてもらったんです。それで、ジャケットを」


 少しだけ、ジャケットを肩からずらして背中を見せた。

 淡く透けるパステルイエローの肌にぴたりと沿うレースのドレス。クルーネックの後ろは小さなボタンで留められ、胸元から春らしく柔らかいチュールで仕立てられている。

 男性の大きなジャケットを羽織っていればその後ろ姿は想像出来ないだろう。涼し気なメッシュのコルセットは、このデザインに似つかわしくない程だらけていた。


「ふん。興味は無いが、変な噂でもされて迷惑だけは掛けるなよ」

「はははぃいぃい………!! もちろん承知しておりますぅうう……!」

「はい。余計なご心配をお掛けして申し訳御座いません」


 丁寧に謝ったつもりなのだが、また鋭すぎる目付きで睨んでくる。こうも睨んでくるとなると逆に仮面なのではないか。イケメンの皮を被った鬼かコイツは。

(別に“ブルちゃん”に興味ないからどうでも良いけど)

 目線は何処か別のとこに外して、心の中で溜息をついた。


 しかしどうやら公爵はまだ睨んでいるらしい。隣に立つミハエルが「ひぃい……!」とよく分からない声を上げている。

 なんですか?と、首を傾げた。睨んでないで何か発言してくれ。


「お前………、顔色が悪いぞ。体調が悪いのか」

「っえ? 顔色、ですか?」


 まさかハント公爵に体調を気にされると思っていなかった。

 いやよく考えたらこれが初めてでもないか。此方に来たときも刺された痛みを心配して抱えてくれたっけ。

(あれを心配というのか効率というのかは疑問に残るけど……)


 だが他人から見て顔色が悪いというのだから、そうなのだろう。

 しかし自分の体調を振り返ってみるも別に思い当たる節はない。ストレスは大いに感じているが、残念ながら熱も出ていないし特に何の症状も現れていない。それなのに何故公爵は「顔色が悪い」というのか。


「あ」


 思い当たる節がひとつ。


「もしかしたらドレスの色……? 肌なじみが悪いからそう見えるのでは? 私は春らしいカラーよりもっとトーンが落ち着いた秋色が似合うので」

「ならそうメイド達に言えば良い」


 言ったが聞かねぇんですよこのボケと心の中で呟きながら微笑んだ。思った事をそのまま口に出来るほどたまには馬鹿になりたいものだ。

(あれ。そういえばさっきどさくさに紛れてミハエルさんにうるせぇよとか何とか言っちゃったような……。まぁ、あれはミハエルさんが大きい声出すから……、ねぇ? 五月蝿いのは事実だったし?)


「その様に伝えたのですが季節には其々代表的なドレスの色があるのだと教えられたので……」


 得意の苦笑いでやんわり伝えると、どうやら公爵も思い当たる節があるらしい。美しい指を顎に当てながら何かを思い出したようだ。


「…………ああ、恐らく私が、この国の文化の基本から教えてやれと言ったから……。すまない、帰ったら似合う色にしろと伝えよう」

「え、あ、ありがとうございます」


 やはりお前が犯人かこのボケと言ってやりたいとこだが、公爵も何も分からない私に気を遣ってくれたのだろう。陛下の言った通り、きっと『優しい』のだ。

 まあ今はそんな事より。


「ミハエルさん、そろそろ行きましょう。ディナーまでに戻らないといけないので」

「あ、は、はい……!」


 では、と言い掛けたところで合いの手のように「待て」と引き止められた。

 お仕事中であるミハエルを独り占めしているのがバレてしまったか。堂々としていたつもりなんだけれど。


「その格好で陛下に会われるのか?」

「…………いえ。まずアニーさんの所へ行こうかと……」

「ふん、なら構わん」


 服装の心配かよ驚かせやがってこのボケと一安心して、(ごめんなさいボケボケ言い過ぎました)その場を去ろうとしたのだがさすが公爵。「ミハエル、お前はさっさと仕事に戻れ!」なんて怒られてしまった。震えるミハエル。

 指摘されてしまってはぐうの音、というやつだ。


「私がこいつを連れて行くからお前はこれ以上サボるんじゃないぞ」

「は、はいっ……! 畏まりましたっ!!」

「ミハエルさん。引き止めてしまってすみません、ありがとう御座いました」


 焦るミハエルを観察出来ないのは残念だが、婚約者こいびとが目の前に居るのだから交代するのは当然だろう。来訪者は外を出歩く時は必ず誰か一人は付いてなければならないらしく、少々面倒なのだ。

 貸してもらったジャケットを忘れずに返して、「じゃあまたね」と、いつの日かのように小さく手を振った。


 パカパカと浮くドレスのウエストを不自然に手で押さえながら、アニーの元へと歩き出す。ハント公爵と会ってしまったから余計な時間を食ってしまった。

(あ、それは公爵様も同じか)


「すみません業務の手を止めてしまって……、」

「全くだ。私は暇ではない」

「承知しており、へ?」


 ずしっと、ミハエルのものより重いジャケットが肩に掛かった。ハント公爵のジャケットだ。

 体温で温められたジャケットは、ミハエルとは違う、ハント公爵の匂いがした。ミハエルが爽やかな柑橘系の香りなら、公爵はウッディで大人な香り。


「羽織っておけ」

「……ありがとう、ございます……」


 ──ドキ、

(とは残念ながらならないのがこの私。そして何故そんなに目付きが悪いんだ)

 横目で睨む深い青色の瞳は、興味の欠片も、迷惑だとか怒っているとか、そんな感情さえも、一切何も感じなかった。

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