なつの記憶

初夏野 菫

UNTO

第1話 〜"UNTO"編①〜

 社長室のパソコンに接続していたUSBを、データのコピーが完了したことを確認してから抜き取り、3日間潜入していた建物を出ようと下りのエスカレーターに乗る。彼の名前は吉野よしの 涼太りょうた。彼は何気なく、エレベーターと階段の間の踊り場を見てしまった。 

 吉野の視界の中に、彼と接する時だけは、作り物ではなく本物の笑顔をする少女がいた。岡田おかだ なつ。吉野の幼馴染で、自称天才の岡田おかだ しょうに作られた、中学生3年生の設定の人造人間だ。

 吉野が驚いて、口をあんぐり開けている間、夏はニコニコして吉野を見ていた。

 吉野はエスカレーターを降りたが、夏を無視して早足で階段を降りる。

 「先輩、何で無視するんですかー。ひどいですー」夏は吉野を追いかけて駆け出した。

 「もっと静かに話せないのか?そんなに大きな声を出したら目立つだろ。」彼はスピードを緩めた。

 夏は「すみません、うれしくて仕方ないんです。」と微笑んで肩をすくめた。

 

 1人と1体は近くの駐車場に置いてある吉野の車まで、歩いていった。

 「お久しぶりですね。11ヶ月と20日ぶりですよ。覚えてました?私のこと。」

 「覚えてるに決まってるだろう。」吉野が今まで出会ったことのある人造人間なんか、夏しかいない。「もう次の仕事か?」

 「はい。これが資料です。」夏は手にしていたファイルを吉野に差し出した。

 吉野はやっぱりか…と、これみよがしに大きなため息をついた。

 「ひどい、何でため息なんかつくんですか。仕事続きで嫌なんてことはないんですよね?先輩は仕事大好きですもんね」

 「仕事が続くのが嫌なんじゃない。君と組む仕事は面倒だって決まってるんだよ。面倒臭い仕事しか君にまわってこないんだから。」

 「仕事仲間の皆さんにそんな風に思われてたと思うと、気まずくなっちゃいます」

 「嘘つけ」夏は人造人間だ。気まずさなんて気にしない。周りがどう思っているのかも気にしない。ただ一人、吉野を除いて。夏は、自分の製造途中によく夏のことを見に来ていた吉野に懐いた。吉野に対してだけは、普通の少女と同じような行動がとれるようになったのだ。人工知能を持っているので、社員や仕事で観察した女性をまねているだけだが。


 

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