指令
私は、懐中時計に手をやり、時間を見た。時計の針が、正午になろうとしていた時、突然、「クリーガー!」と私の名前を呼ぶ聞きなれた声が聞こえた。
その声のほうに顔を向けると浜辺の遠くから、こちらに向かって来る騎馬がいる。
この声はズーデハーフェンシュタット駐留軍、第五旅団の指揮官で重装騎士団の団長でもあるボリス・ルツコイだ。
ルツコイは、背は低いが、がっしりとした体格で、四角い顔つきと口髭が特徴的だ。彼はブラミア帝国の貴族階級の出身だ。帝国軍の上級士官は貴族階級の出身が多と聞く。ルツコイの性格はと言うと、帝国軍人ではあまりいない気さくな性格だ。しかし、戦闘となると狡猾さと発揮するタイプだそうだ。帝国軍の主流派の指揮官は圧倒的物量にものを言わせ、力押しで攻めると聞くが、彼は多様な戦略で敵を翻弄するタイプ。“ブラウロット戦争”では彼の指揮する旅団は兵力の損害が一番少なかったという。彼は元共和国軍の我々にも一定の敬意をもって接してくれる人物だ。彼は傭兵部隊の統括もしていることから我々との接点も多く、我々は比較的友好的な関係となっている。あくまでも表面上はだ。
帝国軍の重装騎士団は、その名の通り厚い鎧と盾を身に纏った重装備の騎士だ。普通の弓矢では、その盾を貫通することはできない。剣や斧でも一撃では致命傷を与えることは難しいだろう。重装騎士団は、戦場では分厚い壁のように聳え、圧倒的な威圧感を出し、敵を怯ませる。その猛勇さでブラミア帝国の重装騎士団の名は、大陸中に轟いていた。
その重装騎士団でもあり、ズーデハーフェンシュタット駐留軍の司令官であるルツコイは、私のそばまで来ると馬を止めた。今日の彼は、鎧は纏わず、士官の正式な服装だ。
「わざわざここまでお越しいただくとは、緊急の用でしょうか?」
敬礼した後、私は尋ねた。
ルツコイは馬を降り、少し呼吸を整えてから話し始めた。
「クリーガー、休暇のところ申し訳ない。急ぎの要件でな。実は…、皇帝陛下からの勅命が来た、君に直接会って話したいそうだ。首都へ出向いてもらう」。
「皇帝陛下が?」
思わず私は聞き返した。皇帝が自分のような傭兵に用件があるとは、通常だとあり得ない話だ。
「用件は…、一体、何でしょうか?」
「ゆっくり話そう」。
ルツコイは岩場を指さした。座って話そうということらしい。我々は岩場の適当な場所に座った。
ルツコイは今回の用件について話し始めた。
ここ半年ぐらいの間、ブラミア帝国の首都アリーグラードでは謎の翼竜の襲撃をたびたび受けているという。どこからともなく襲来する翼竜に重装騎士団などが対処し、その都度、なんとか撃退はできているようだが、犠牲者が少なくないという。そのため、それらの翼竜がどこからやって来ているか、帝国は大規模な調査を開始。相当な苦労の果て、おおよその場所は判明したそうだ。翼竜はズーデハーフェンシュタットから船で約三日の海洋上の島から来ているらしい。その調査に基づいて、百名程度の重装騎士団を海軍の最新鋭巡洋艦に乗せ調査隊を編成、その調査隊を二度派遣した。しかしながら、二度の調査隊は艦もろとも消息不明となっている。
そう言えは数か月前、港で重装騎士団が集まっていたという噂を聞いたことがあった。それが調査隊だったのだろうか。
ルツコイは説明を続ける。
帝国軍司令部は、それら二百名の騎士団が全滅していると考えている。さらに、その島には翼竜だけでなく、未確認の怪物がほかにも多数存在していると想定している。司令部は騎士団は首都の防衛や旧共和国領内での統治で必要なため、これ以上人員を割けないという理由で、傭兵部隊から新たに調査隊を編成し派遣したいということのようだ。しかし、本音は精鋭である重装騎士団の被害をこれ以上、大きくしたくないということだろう。島における“敵”の勢力の調査、あわよくば“敵”のせん滅が目的だ。調査隊は傭兵部隊から百名程度で編成し、人選は私に任せたいという。
「陛下は君に一度、直接会ってみたいと言っているそうだ。それに、先ほどの話以外にも話したいことがあるようだ」。
私は少し考えてから答えた。
「なぜ私なのでしょうか?私は、たかだか傭兵部隊の一兵士です。陛下が私のことを知っていること自体不思議でなりません」。
「そんなことはないだろう。私が傭兵部隊と部隊長である君の名前の報告はしてあるからな、当然皇帝の耳に入ってもおかしくない。“深蒼の騎士”というのが気を引いたのかもしれん」。
「なるほど」。
私は話題を任務の件に戻した。
「それに話から推測すると、これは非常に難しい任務です。敵の勢力が全く不明であるにもかかわらず、たった百名で敵地に乗り込むわけですから。『あわよくば敵をせん滅』は不可能でしょう。下手をすると、先に派遣された重装騎兵団のように、こちらがせん滅させられる可能性のほうが高いと思います」。
重装騎士団にできない任務が、傭兵部隊の我々にどこまでできるのか。
「そうだな。今回は、あくまで調査が目的というから、無理をせず帰還することを最優先で考えてくれ。傭兵とはいえ、今の君は帝国の重要な士官だと思っている」。
ルツコイは“深蒼の騎士”に一目置いているらしく、普段から、私に色々気を使ってくれている。
「ありがとうございます。そう言うことでしたら、任務を果たしたいと思います。人選も検討します」。
「期待しているよ。準備をして明日の朝、首都へ出発してくれ。軍の馬を用意するので使ってくれ」。
そういうと、ルツコイは立ち上がり、ズボンに付いた砂を払いながら答えた。
私も立ち上がり直立不動の姿勢で答えた。
「わかりました。ご期待に添えるように致します。ところで、弟子二人も同行させてもよろしいでしょうか?」。
「あの二人か、いいだろう。馬も用意する。ただし皇帝との謁見は君一人だけだ」。
ルツコイはそう言うと、馬にまたがり街のほうへ戻っていった。
これまで様子を見ていたのだろう、オットーとソフィアが歩み寄ってきた。
「どうしましたか?」、オットーが訪ねた。
「皇帝から勅命が来た。首都アリーグラードへ向かう」。
「えっ!」、ソフィアが驚いて声を上げた。
「でも、何の用で?」
「帝国の首都を脅かしている翼竜の住処を調査する仕事に任命されるということだ。傭兵部隊から百名ばかり選抜し調査隊の編成もしなければならないだろう。それに、翼竜調査以外にも何か話があるらしい」。
「なぜ傭兵である師にお願いするのですか?帝国軍はどうしているのでしょう?」
オットーは当然に持つだろう疑問を口にした。
私は、ため息をつきながら答えた。
「これまでに二度、帝国軍の重装騎兵団が派遣されたらしいが、全滅しているようだ。彼らは、これ以上損失を出したくない。そして、傭兵である我々なら死んでも損害は少ないとみているということだ」。
「なるほど、そういうことですか。捨て駒というわけですね」。
オットーは、少し怒気を含んだ声で言った。
「私は捨て駒になる気は無いよ。ルツコイも帰還を最優先で、と言ってくれている」。
私はオットーをなだめるような口調で話す。
「急だが明日朝に首都アリーグラードに向かって出発する」。
「本当に急ですね。私たちはどうすればいいでしょう?」
ソフィアは不安そうに話した。
「首都へは君らにも同行してもらう、いいかね?」。
それを聞くと、ソフィアは嬉しそうに答えた。
「もちろんです。一度、首都に行ってみたいと思っていました」。
ここ、ズーデハーフェンシュタットから首都アリーグラードまで四日、首都滞在が三~四日と考えれば、ここに戻ってくるまで十二日程度かかるだろう。
私は続ける。
「首都から戻ってきたら、調査隊を編成しないといけないようだ。その調査隊には、君らに参加してもらうことになる」。
「はい、わかりました」。
弟子の二人は答えた。
「おそらく、この調査隊の任務は、これまでで一番大変な仕事だ。心してかかれ。明日の準備も必要だから、今日の修練はここまでにして城に戻ろう」。
我々は、今日の修練はここまでにして、美しい浜辺を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます