ケレス村

ケレス村

「痛い!痛い!爪刺さってる!」


 俺は今何をしているかというと、クマに頬を抓られている真っ最中。クマの爪ってこんな鋭利なんだな・・・って関心している場合ではない。

 一歩間違えれば顔にグローリーホールを形成させるところだった。森のクマさんはやはり手加減しないらしい。


「いやあ、面目ない・・・ヒトと会うのも随分久しいもので」



 どうしてこうなったのか説明しよう。



 俺が占星術本に付属されていたホロスコープによってどこかの森に飛ばされ、森を進んで行ったら2足歩行のクマに出会った。その身長はおよそ200cm。

 俺はすぐさま全力ダッシュを決めた。どこに行けば助かるか分からないがクマから逃げる!逃げる!走れエイユウ。

 走っても変わり映えしない、出口が見えない森、それよりも後ろを見ると。


「待ってください!」


 喋る2足歩行クマ、通称「森のクマさん」が全力で追い駆けて来る。斧を片手に持ち振り上げながら。それ必要ないんじゃない?

 このクマ走るの早いぞ!走力が拮抗していたのが縮まってきている。そもそもクマは時速50km走るらしい。テレビ番組でやってた!!!無理!死ぬ!


 エイユウは何を思ったのか急に屈み頭を抱え身を丸くした。


「アヴェ!」


 森のクマさんは躓いて木に衝突した。木は大きく揺れ葉や実を落とす。実がクマの頭をコツンと直撃する。


「いたた・・・」


 森のクマさんが頭を労わり、撫でている。地面には躓いて手から離れた斧が落ちている。

 エイユウは斧を拾い上げるも、斧を振る要領が分からないが構える。森のクマさんの頭上にはピヨピヨとヒヨコが回っているように錯覚した。

 

 ようにエイユウを見ると。


「いやあ、拾ってくれたのですか。ありがとうございます」

「いえいえ」


 手を差し伸べてくるので反射的に斧を渡してしまった。いやいやいや、何で返したんだ俺?終わった――、俺の人生。


 ある日、森のなかクマさんに出会った。花は咲いてなかったが、森の道クマさんに出会った。とりあえずスタコラサッサ逃げた。ところがクマさんがトコトコ後を付いてきた人生。


 どんな人生なんだ・・・。



「お兄さん、これ落としましたよ」


 続きの歌詞じゃん!!!


 森のクマさんに渡されるがまま手を差し出した。手のひらに乗せられたのは水晶に見立て硝子で作られたネックレス。占いで使用する水晶玉みたい、と思って先日アクセサリーショップで適当に購入したものだ。いつの間にか落としていたらしい。とりあえずポケットに忍ばせた。


「あ、ありがとうございます。クマさん」

「クマさん??私の名前はルーサと申します。どこかで同胞と出会ったことがあるのですか?」

「いや、動物園で数回会ったことある程度で・・・」

「はて?」


 ルーサと名乗った森のクマさんは小首を傾げた。

 この時、唐突にコレ着ぐるみなんじゃね?と思いルーサの毛に触れる。フワフワして温かくて気持ちがいい。想像上では毛並みが悪く、硬毛で汚いと思い込んでいた。


「その動物園とは良く分かりませんが・・・、どうしたのですか?」


 ルーサでモフモフしていた為か不審がられてしまった。だが動物の毛並み最高!


「いや、何でもない・・・というか。何でもあるというか。毛を見ると触りたくなる」

「ははっ。そうでしたか、全然触って頂いても構いませんよ。もう日が落ちて来たので村まで案内しますよ。宿は決まっているんですか?」


 ルーサが言った通り日が落ちてきており、森の中に居るせいか余計に暗く感じる。


「あ、ありがとうございます・・・全然決まってないです。というか、ここはどこですか」

「・・・?ここはケレス村ですよ?」

「?????」


どこだ~~~~~~~!!!!!


 心の中で超叫んだ。絶叫大会10代の部があれば優勝していたかもしれない。実際ありそうだけども。


「ケレス村ですか、案内してもらってもいいですか」

「ええ。更に暗くなると危険ですし、行きましょうか」


 一瞬不安そうな顔で見てくるが、村へ案内される。道中は「どこから来たのですか?」など質問攻めにあったが適当に答えてしまった。ごめん、森のクマさん改めルーサさん。


 案内された村には伐採した木などの保管庫や家屋などが建ち並んでいる。

 村隅々綺麗で中央部には露店が開かれるのか、祭で見る屋台に垂れ幕が被せてあり閉店している。通る家屋を1つずつ見ていくと「武器屋」「防具屋」「薬屋」など日常で見たことのない店が並んでいる。それに村人?と思われるすれ違うクマ、クマ、クマ・・・人がいません。


やはり異世界に飛ばされていた・・・。


 喋るクマ、至る所にいる2足歩行クマを目前にして早く気づけよと思うだろうが、俺の最悪な予想が確信に変わろうとしていたが未だ信じることが出来ない。


「あの、ルーサさん」

「どうしました?」

「頬を抓って貰っていいですか?」


 唐突に変なことを口走るものだから素っ頓狂な顔をしているルーサがいる。これはして貰わないといけないんだ、夢であれば醒めるはず。お決まりの展開!ここは美少女にやって貰いたかったが、毛むくじゃらのクマが目の前にいるだけなので我慢しよう。


「痛い!痛い!爪刺さってる!」

「いやあ、面目ない・・・ヒトと会うのも随分久しいもので」


・・・夢でなかった。俺の最悪な予想は3択という卑怯な形で的中していた。


 この世界の人、もといクマとは時々話が噛み合わない。所々違うようで、俺の常識では当て嵌めることができない世界だと実感した。


「ところで、変わった服を着ていますが。村には何の用で?」

「いや・・・」


 高校生になって“迷子”と表現もはばかれるので咄嗟に思いついた嘘。


「星を見に来ました」


 走って逃げているときも肌身離さず持っていた『占星術の基本を学ぼう!』を目前に差し出すと、本はいつの間にか姿を変えていた。

 真紅に染まる本革でベルトカラーはキャメル色、ホックの受け皮もキャメル色となっており、図書室で読んでいた小学生向け書物から進化していた。


「星詠みさまでしたか。失礼、占星術師さまと呼ぶべきでしたね」


 些細な嘘で、高校生から星詠みこと占星術師へとジョブチェンジしていた。すいません、全然占星術わかりません。心の中で俺はスライディング土下座をしていた。


 それともう1つ、『占星術の基本を学ぼう!』が変化したことによって本が開かない。ベルトで、あたかも施錠されているかのよう。

 表紙には良くわかない文字が並んでいるが、何故か読むことができる。


 『テトラビブロス』と書いてあるが意味は理解できなかった。


 ルーサに案内されながらベルトを開けようと再度、悪戦苦闘するも、びくともしない。埒があかないので諦め小脇に抱えながら歩く。


「ここが村で唯一の宿屋です。ヒトが来るのも珍しいので獣人族向けとなっていますが・・・」

「そう、なんですか。ここしかないので仕方ないです・・・あ、」


 重大なことを忘れていた。お金がない。俺が何かを言い止めたためルーサが怪訝そうな顔をしている。ここでも嘘を言おうものなら野宿が確定するも、これ以上ルーサを引き留めておくのも悪いと思った俺は。


「あ、ありがとうございました。案内して頂いて」

「いいえ、これぐらい。占星術師さま。ではまた」


 ルーサは挨拶を済ますと来た道を戻っていく。恐らく自宅に帰る道なのだろう。一文無しの俺はダメ元で宿屋へ入店する。

 

 扉を開けるとベルがカランカランと鳴ると同時に。


「いらっしゃいませー」


 入店と同時にお辞儀をするクマがいた。多分メス、何か頭に花乗っけてるもん。これでオスだったら・・・、今時悪くないか。ジェンダーレスの時代だからな。

 異世界に来て混乱してきて本当に頭がおかしくなったのか変な思案をするようになった。今やりたいこと、1位休む!2位休む!3位休む!以上です!


「1泊いくらですか?」


 そんな変なことやっていても仕方ないので、お金が幾らかかるのか聞くことにした。社会見学として。


「大人1人50ラモです」


 メスクマ改め受付嬢が答える。ラモってなんですか?一瞬脳死し、俺は考えた。

 円=ラモ、判断が遅い。天狗のお面を被っている男性に平手打ちされる描写が思い浮かんだ。お腹が空いているせいにしておこう。


「そうですか、ありがとうございます」


 50ラモ、という価値はどれくらいなのか分からない。自販機の下に落ちているレベルなら助かるが。そんな事を考えながらも宿屋を後にしようとすると。


「え、あ、泊まっていかないんですか?」

「・・・お金がないので」


 ブワッと涙を流したいところだが堪える表情を見て受付嬢が驚く。突如クスクス笑い出した、失礼なヤツだな。ここはクールにいこう。


「野宿でもやっていけますので」

「いえ、君みたいな子供に野宿させるワケにはいきません。というか君は子供なので料金は発生しません」

「子供・・・」


 異世界に来てまで子供扱いされてしまった。見た目とは裏腹に年寄り扱いされることは沢山あったけど!子供と言われるとは納得いきません!そんな対抗心に火がついた俺は。


「子供じゃないです!」

「嘘。16歳か17歳くらいでしょ」

「・・・・・・・。」

「図星?獣人族では20もいかない子たちからはお金を取らないの。とても大切な子供たち、ヒトであっても一緒です」


 星を見に来たと嘘を言ったばかりに図星なんて言われる始末。とても寒い事を言ったので撤回したいです。


 受付嬢の見る目が鋭い為か子供とバレてしまい、幸か不幸かイーブンなところで野宿を回避することができた。

 さすがに食事は来ないだろ、と思って渡された205号室の鍵を握りしめ2階へ上がっていく。ほとんどの利用者を獣人族が占めるという宿屋は何もかもが大きい。登る階段に廊下、扉までもが獣人族向けとなっている。


 ドアノブを握ると鍵が掛かっていないため、205号室を開ける。不用心なのか、そういうシステムなのか分からないが入室する。今夜俺が宿泊する部屋だ。


 のはずが。


「キャーーーーー!!」


 205号室には女の子が着替えの途中、下着姿で肌の露出が多い。男子高校生にはラッキーかもしれない。

 お着替えシーンに乱入、そんなテンプレ展開を迎えた俺は一言。


「星が、綺麗ですね」


 飛んで来た枕が直撃し、打ち所が悪かったのか、疲労から来たものか分からないが気を失ってしまった。

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