閑話 負っけんなよ、マッケンナくん①

 

 約一年前、王立学園との定期戦の後、トーマは、ユーマの格好で王国の居酒屋に来ていた。


 そこで、マッケンナが一人で飲みに来ていたので、ユーマから話しかけてみた。


 ユーマは、マッケンナが意外と気さくな感じだったので、王国の事情聴取にはもってこいだと思った。


 マッケンナは、一見お酒に強そうだったが、弱かった。


 ユーマは、美味い酒と肴を奢り、いい感じで酔わせて、マッケンナをヨイショして、彼の話しを聞いた。


 ~~マッケンナの独白


 僕はマッケンナ=ヨーデル。


 名門ヨーデル子爵家の長男だ。

 先祖が帝国系の為、子爵止まりの家系に生まれた。


 どんなに手柄を立てようが伯爵にはなれなかった。


 しかし、それでもいつかはという想いが歴代の当主の悲願であった。


 僕は、そんな当主である父と想いを同じくする母により、厳格な教育を受けた。


 文字は2歳から読めるようになり、3歳から剣のおもちゃで訓練を受けた。


 魔法はそれこそ胎児の時から、母に教えられた。


 文字も胎児の時に既に教えてもらっていたので、ただ声を出して発音できるようになったのが 2歳だったというわけだ。


 胎児の時に、大人の営みも既に知っている。


 僕は、胎児の頃の記憶が結構あり、また、その頃から既に母親からの映像として外界の様子も知っている。


 だから、僕は女ではないけど、女性の幸せは良い男と出会い、愛を育む事だと知っている。


 だから、僕はいい男になる為に頑張ると誓ったのだった。


 僕には姉と弟がいた。


 本当を言うと、僕は姉が好きだったので、姉のためにいい男になると誓ったのだった。


 幼かった日々の日常で覚えている事では、こんなことがあった。


「もう喧嘩しないの!マッケンナはお兄さんでしょ?」


 僕は弟に意地悪をした訳ではなく、弟の方がいつも僕を叩いたり、好きな本を破いたり、好きなおもちゃを壊したりするので喧嘩になるのだ。


 でも、母さんはいつもこう言って、僕を叱る。


 そんな時、姉さんはとても優しく、僕の頭を撫でてくれて、飴玉をくれた。


「甘いものって美味しいから、辛い事があっても、苦しい事があっても、少しは心を慰めてくれるものよ」


 そう言ってくれた。


 姉さんは、甘い物、特にケーキが好きだった。


 姉さんがケーキを食べるときの笑顔は、とても可愛く、とても綺麗だった。


 僕は、ケーキを姉さんと食べるとき、姉さんの顔をいつも見ながら、幸せを感じていた。


 そんな姉さんとも、ある日、お別れがやってきた。


 姉さんは、歳をとって、でっぷりと太った、前歯が一本金色で頭頂部が禿げた、気色の悪い笑い声をあげる伯爵の所へ、3番目の妻として嫁いでいった。


 姉さんは、嫁ぐ前日、泣いていた。


 僕は、そんな姉さんに何もしてあげられなかった。


 それから半年経って、その伯爵家へ、用事があるという母さんにねだって、付いて行った。


 ♬ネェーネェーに会える!ネェーネェーに会える!♬


 僕は、そう歌いながら馬車に乗っていた。


 母さんは、そんな僕には無関心な感じで、窓の外を見ていた。


 伯爵家へは歩いても行ける距離だが、馬車を使って行くのが家同士の作法だ。


 そして、屋敷に入ったけど、姉さんには会えなかった。


 何か、手の離せない用事があるらしい。


 母さんは、姉の好きな母さん手作りのケーキが入った箱などを綺麗な女執事に渡し、僕はその人から、お駄賃だと飴玉をいくつか貰った。


 その後、この家の奥方様という人が出てきて、話しが長くなりそうだったし、僕は手持ち無沙汰だったので、丁度同じ年の女の子がいるという事で、別室で僕はその子と遊んだ。


 その子は、お人形さんみたいな子で、手にもお人形を持っていた。


 でも、すぐにその女の子は、お人形を放り出し、お庭で剣のお稽古をしましょうと言って、僕の手を引き庭に出て、子供用の剣を渡してきた。


 その子は、向き合うとすぐに打ち込んできた。


 速い!


 でも、僕は咄嗟に避けると、クイックネスの魔法を使い、素早い彼女に対処して、やがて彼女の胸元に切っ先をつけて勝つ。


 彼女は、とても驚き、それから笑顔になって、もう一度と言ってきた。


 何回か打ち合って、僕は最後に負けた。


 負けてあげたのだけど、彼女はとても喜んだ。


 僕は、その後、彼女とお庭を散歩してたら、奥の方は行ったらダメだと彼女が言った。


 僕は、ちょっとだけならいいんじゃないと言って、本で読んだ事のある冒険者になった気分で奥へと進んだ。


 奥に行くと、木々の向こうに部屋があり、窓が少しだけ開いていた。


 何やら苦しそうな声が微かに聞こえてきた。


「はあ、はあ・・ああ・・ダメ・・・もっと・・・」


 ちょっと近づき、窓からは少し離れた少し高くなってる所から、窓の中を背伸びしつつ覗くと、僕は、姉さんを発見した。


 そして、姉さんとくっついている禿げ頭も見た。


 姉さんは、顔を赤く上気させ、恍惚とした見たこともない顔をして、少しだらしなく、口元がヨダレでテカっていた。


 禿げ頭からは、「フン、フン」という鼻息が荒く聞こえてきた。


 僕は、咄嗟に踵を返すと、女の子の手を引いて走った。


「どうしたの?駆けっこも、私、得意よ」


 女の子は、僕より離れた後ろの方に居た為、見てなかったし聞こえてもいなかったらしい。


「よし、駆けっこ勝負だ!」


 そう僕が言うと、女の子は僕よりも速く、さっきの剣の稽古の場所へと駆けて行った。


 彼女の背中のポニーテールが揺れるのを見ながら、僕は走った。

 ポケットの飴玉も揺れていた。


「やったー!勝ったー!」


 無邪気に喜ぶ彼女が眩しく見えた。


「これ、あげる。君が僕に勝ったからね」


 僕は、ポケットの飴玉を全部、その子にあげた。


「えっ、いいの?でも・・」


 そう言うと、一個だけ僕の手に返してくれた。


「お返しだよ」


 意味がよくわからないけど、めんどくさいので貰った。


 それから、すぐに執事が僕を呼びにやって来て、帰ることになった。


「ありがとう、楽しかったわ。また、遊びに来てね」


「・・・ありがとう。またね」


 もうここには来ないだろうと思いながら、そう返事を返した。


 帰りの馬車の中で、母さんは僕にいろいろと話してきた。


「マック(僕の事)、あなたは絶対に強くなるのよ。賢くなるのよ。あなた達兄弟は、私の誇りよ。マック、特にあなたはお兄さんだから厳しくしたけど、でも、それはあなたに期待してるからなの。あなたも弟も賢く育ってるわ。でも、もっともっとお勉強して、もっともっと鍛えて賢く強くならないと、大きくなったら苦労することになるのよ。マック、今日帰ったら、お家でお勉強しましょうね」


 最近は、仕事に復帰した母さんは、父さんと同じく魔道科学者として忙しく、食事も一緒に出来ないことが多い。


 いつも家庭教師に教えられているし、今日も帰ってから、母さんはすぐに仕事へ行かなければならないらしい。


 僕は、寂しいけど、そんなことは言わない。


 弟は、母さんが居ると甘えるけど、僕は兄なので我慢する。


 もう、そんな事には慣れたので、逆に母さんと一緒に二人でいることの方が慣れなくて、母さんの言う事は、ただでさえあんなことがあった後なので、うわの空で聞いていた。


 でも、あの時の母さんの真剣な顔は、忘れられない。



 僕は、家に帰ると、飴玉をゴミ箱に捨てた。


 もう、甘いものなんか要らない。


 飴玉なんか、この世から無くなっちゃえ!


 眼を閉じれば、姉さんの顔が目に浮かぶ。


 あれは、姉さんじゃない。


 アレは、姉さんじゃない。


 僕の好きだった姉さんは、もう居ない。


 姉さんは・・・そうだ!


 死んだんだ。


 姉さんは死んだ。


 ♬ネェーネェーは死んだ、ネェーネェーは死んだ、ネェーネェーは死んだ・・♬


 僕は、気がついたら、そう歌っていた。


 僕の心には、ポッカリと穴が開いたようだった。


 そう歌いながら、僕の心の穴が大きくなって、僕の心も死んだような気がした。


 ただ、頬を伝って流れる涙が、僕の口を濡らすので、その事だけが生きている証の様に感じた。



 そうした事件のあった6歳の僕は、まだこれからの自分に降りかかる苦渋が、そんな甘いものでないことを知らなかった。




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