第84話 接触

 ぼく(トーマ)は、クリス王子と別れてから、更なる研鑽に励んだ。

 しかし、呪いのせいか、魔力操作などの制御や剣裁きなどの技術の向上は、頭打ちになっていた。

 それでも、日々の基本訓練を疎かにはしなかった。

 ぼくには、魔族を含め、救わねばならない人たちがいる。

 魔王となったぼくの心には、そういう感情がいつも底流にあり、ぼくを突き動かす原動力になっていた。


 ぼくは、禁止されていた帝宮外での活動を皇帝に願い出ることにした。

 内容は、姉やジェイに勉強や剣技を教えてもらう事と、実家関係の諸事雑事の手伝いをし領地経営の実際を学ぶ事、庶民の暮らしぶりを見聞し知見を広めることなどで、なんとか護衛付きでOKをもらった。


 ここで初めて、ぼくの無能ぶりが功を奏してくれた。

 成績の一助になればという、なんとも情けない理由で許可が下りたのだった。


 アーネに話すと、ぼくの身を案じてくれたが、自分もいつか連れて行くという条件で承知してくれた。


 そうして、ぼくはシルフィー姉さんとジェイに久しぶりに会い、剣を交えた。


 シルフィー姉さんは、さらにさらに美しくなって、優しくなっていた。

 彼女は、あの事件以来、暗部を辞めて、帝国学園に通っている。

 もう、最終学年となり、現在、生徒会長をしている。


 彼女は、その性格と美貌で人気なのだが、頭脳もとても賢いのだった。

 剣技のほうは、もちろん学園で一番である。

 彼女は、帝国学園編入時から、王国との交流戦に出場するなど活躍しており、王国でも一目置かれる存在らしい。


 そんな彼女や、彼女に鍛えられたジェイと剣を交えるのは、とても楽しい。

 相変わらず、ぼくがやられるわけだけど、やはり魔人の身体になったので、身体能力がアップし、それに伴い、動体視力や魔眼の性能もアップしているようだ。


 この身体になり、どのように剣技が向上し、どう戦えるのかを見極めるのが今回の一つの目的だったので、何度も彼女たちと打ち合った。


「とても、上達していて驚いたわ、トーマ」

「ああ、何度かお前の剣が入ったのには驚いたよ」


「トーマ、あなたは努力を怠らなかったのね。わかるわ、とてもわかる。そして、ありがとうね」

 そう言うと、姉さんはぼくをかき抱いて、やさしく頭を撫でてくれた。

 彼女は、泣いているようだった。

 ジェイは見て見ぬふりをしてくれた。

 いつもなら怒るのだが。


 ぼくは、身内っていいなって、初めて感じたかもしれない。


 それから、ぼくたちは貴族の居住区ではなく、庶民が暮らす繁華街へと行き、昼食を食べた。

 姉さんたちが良く利用するというお店を予約してくれていたのだった。


 そこで食べた料理はとても美味しく、ぼくは最後に出たデザートと同じものをアーネにお土産として貰った。



 そして、伯爵家に帰ると、夕食をご馳走になった。

 叔母上は、上機嫌でもてなしてくれた。

 まあ、次期皇帝の王子だからって理由がバレバレだけどね。


 辺りが暗くなってから、ぼくは馬車で王宮へ帰るのだが、その帰り道だった。

 丁度、道が狭くなっているところがあり、両脇の壁からの距離が短い。

 そこで、何者かより奇襲を受けた。


 近距離攻撃用の魔法が放たれ、馬車諸共に焼こうとしたが、ぼくの魔剣がそれを阻止した。

 と同時に敵へ向けて、魔剣より魔法を発動する。


 敵にピンポイントに当てることのできる魔力干渉波と精神干渉波だ。

 この魔剣ヴェルギリウスは、神経系に効く魔法が得意である。

 これで、敵は魔力を一時的に使う事が出来ずに、精神錯乱か神経系統の切断及び破壊が起きるので、沈黙することになるだろう。

 しかし、これらは強敵にはシールドを突破することができないかもしれないので、いつも成功するとは限らないが、今回は大丈夫だったようだ。


 事もなく対処したようだが、いち早く、カレンが異常に気付き、ぼくも気配察知と魔眼で敵を補足していたので上手くいった。

 敵は安易に敵意を向け過ぎていたのと、闇夜に紛れての近距離攻撃で防ぎようがないと踏んだのだろう。


 敵の魔法の威力はかなり強力だったが、魔王の魔力ははるかにそれを凌駕するので何も問題はない。

 ぼくは魔力操作は上手くできないが、カレンが代わりにやるので、ぼくは魔力を提供するだけだ。

 ぼくの魔力、魔眼のチカラとカレンの能力をうまく連携させることはずっと魔王となってからやってきたことだった。


 これを実践で試したかったのだが、上手くその機会が向こうから訪れた。

 ぼくは、この前の毒もそうだが、何者かから命を狙われていることはわかっていた。

 もしかしたら、あの赤い眼をした者かもという憶測もあった。

 でも、そんな強者ではないので、敵もぼくの事をまだ侮っているのだろう。

 たぶん、この襲撃を防いだのも、護衛の人間がしたのだと思っているはずだ。

 そして、この襲撃は護衛の人間もわかっていないと思う。


 馬は一瞬、いなないたが、後は、何事もなく帝宮へと帰った。


 ぼくは、何事もなかった風を装ってはいたものの、汗をかいていた。

 やはり、ぼくは狙われている。

 改めてそう思うと、浴室で浴槽につかるぼくの身体は震えていた。

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