第76話 第一王子

「トーマ王子、どうか帝宮の方へお越しください」

 皇帝から使いの者がやってきた。


「トーマ王子、どうかデュフォー伯爵家の一員だということをお忘れなきように」

 母様の弟である養父がそう言った。

「トーマ、いつでも帰ってきたらいいのよ。わたし、待ってるから」

 シルフィー姉さんがそう言ってくれた。

「トーマ、帝宮が嫌になったら、帰ってきて、また剣で勝負しような」

 ジェイが、そう言った。

 別に、ぼくはジェイと仲が悪いという程ではない。


「ありがとう、おじさんもありがとうございました。これからは王子としてがんばります」

 シ「うふふふ、いつもがんばるのね」

「うん、ぼくにはそれしかないから。では、行ってきます!」

 シ「ちょっと待って!ちゅっ!!おまじないよ!がんばりなさい!」

「はい!」


 こうして、ぼくは帝宮へ行き、その足で皇帝に会った。


「おまえがトーマか?う~~ん、まあ、とにかく死ぬなよ!もう、お前しかいないのだからな!!それと、今日からお前の婚約者になったアーネだ。お前にはもったいないが、この可愛い婚約者の為にも、死ぬなよ!」


「はい」


「アーネと申します。よろしくです、トーマ王子様」

 スカートの裾を持ち、ぴょこんとお辞儀した彼女は、銀髪碧眼の美少女で、背の高さはトーマと同じくらいだった。

 目が大きく、左眼の目尻にやや大きい黒子ほくろがあり、こっちを見て笑う彼女の可愛さを際立たせていた。


「よろしく」

 ぼくは、このとき、ドキドキした。

 こんな可愛い子がいるんだ、それだけで心が弾んだ。


 だが、それも一瞬。

 ああ、ダメだ。

 期待してはいけない。

 ぼくの顔は醜い。

 初対面で、気に入られたことなんか、今までに一度も・・・シルフィー姉さん以外は一度もなかった。

 だから、あの笑顔は、ぼくを見て、あまりにも醜いので、蔑んだ笑いか、単なるテレ隠しなのか、とにかく、そんなに期待したらダメなんだ。


 ぼくは、この子とは距離を置くことに決めた。

 でも、なんで婚約しないとダメなんだろう?

 そして、なんで、死ぬなとか言われるのだろう?



 トーマは知らなかったが、トーマの前の王子たちは、悉く死んでいたのだった。

 だから、伯爵家に引き取られていた彼が第一王位継承者になった、いや、なってしまったのだった。


 もう、皇帝に次の男子を授かる種がないのは、周知の事実。

 だから、トーマが生きて、皇帝の血を絶やさないために、可愛い婚約者を用意して、生きる意義を与えようとまでしたのだった。

 彼女は、第何番目かの王女だ。


 彼女はトーマと同年齢で、しかも類い稀なる魔力の持ち主だった。

 それに、その美貌に加えて、頭脳も明晰で、すでにきさきとしての資質が十分にあった。


 翌日から、帝王教育という、早期教育が開始される、彼女と一緒に。



 何日か経って、ぼくはいつもより早く、勉強する部屋へ行った。

 すると、すでに、アーネは来ていて、花瓶に花を挿しているところだった。

「おはよう」

「おはようございます、トーマ王子様」

「・・・あの、トーマでいいよ」

「いいえ、私の王子様なんですから、王子様って呼ばないと、雰囲気がでないです」


「・・・・えっと、どういうこと?」

「・・・・うふふふふふ、いいんです。私、王子様のお嫁さんになる夢が叶って、うれしいんです」


「・・・あの、ぼく、こんな顔だけど、怖くないの?」

「えっ?顔ですか?トーマ王子様は、トーマ王子様ですよね?だったら、それでいいのです。私には、貴方様の魔力が暖かく感じられます。私の魔力感知能力は、なかなかのモノだって、言われましたよ。だから、トーマ王子様は、そのままで素敵な王子様なんです」


「うん?あははははは、よくわからないけど、ありがとう」

「えっと、よくわからないのはいけませんよ。私、アーネは、貴方の事が好きだってことなんです。ふつうは、王子様がアーネに言う言葉なんですよ。その・・・言ってください、好きだよって」

「えっ?でも、ぼく・・・えっと・・・もう少し、お話とかしてからってことでいい?ほら、まだそんなに話したことがなかったから」


「私は、いつも、心の中で貴方とおしゃべりしてましたよ。私、最初は嫌われてるのかと思いました。でも、貴方から感じる魔力は暖かいままなので、そんなことはないと思ってました。だから、」


「はいはい、おしゃべりは、もういいかしら?」

 先生が入って来た。


 アーネが言おうとした、だからの次の言葉は何だったのだろうと、考えながら、僕は席に着いた。



 ~~~~~~

 教師バネッサ視点


 私は、10歳の才能試験で優秀だった生徒だけを受け持つ、凄腕教師よ。

 なのに、この才能試験でふっつう過ぎる点の醜い王子を、なんで教えなくちゃならないのよ!

 アーネ様は、おウワサ通りの優秀な方で、とても教えがいがありますわ。

 もう、王子の顔とか見たくないし、しゃべりたくないから、彼は自習でいいわね(笑)。

 ときどき、外でも走って、身体を鍛えてもらうのもありよね(笑)。

 この王子がどうなろうと、お金さえもらえれば、別に良いし、王子の学習なんて、そもそも無駄よね。

 だって、結局、まつりごとなんて宰相とか、官僚が決めてしまうんでしょ、私、知ってるからね(笑)。


 そういえば、実技で今回の最優秀を取った、ジェラード様って、この無能王子が居たデュフォー伯爵家の跡取り息子ですわね。

 この筆記試験最優秀のアーネ様となら、とても釣り合いが取れて、教えがいがあるってモノだけど、この無能、なんとかならないかしら。


 この気味の悪い顔が頭から離れず、いつも気分が悪いですわ。


 私は、毎週、この子たちの学習状態や態度、性格など、レポートを提出しないといけないのよね。


 もう、当然、この無能は、すべてにおいて、最低点ですわ!

 態度というか、顔が怖いし、性格もアーネ様を見る目が不気味でイヤらしいから、まあ、そういう変態な性格よねっと。



 バネッサは、レポートを簡単にまとめると、すぐに提出し、金をたくさんもらえる貴族の家庭教師をしに行くのだった。



 のちのち、このレポートがトーマの行く末を決める決定打になるとは、誰も夢にも思わなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る