ラストダンジョンの掃除番
鳥辺野九
第1話
私はソラリス・ダマスカス。魔王軍総務部庶務課施設係清掃班に新規採用されたまだ若いダークエルフです。
私の職務内容は大いなる魔王様がお住まいでいらっしゃる暗黒城内の清掃業務全般、いわゆるラストダンジョンの掃除番って奴です。
尊大なる魔王様を討伐せしめんとしやがる卑しい勇者どもの野蛮な破壊活動の痕跡を清掃したり、偉大なる魔王様直属のエリート正社員にぶち殺された勇者どもの穢らわしい死骸を処理したり。他にも暗黒城周辺地域の対勇者用環境保全のための清掃活動など、私たち清掃班の誇り高き業務は意外と多岐に渡ります。
今日もまた、ラストダンジョンの掃除番として『できない理由を探すより見える努力で成果を出そう』をモットーに、崇高なる魔王様の世界征服のためにアットホームな笑顔の絶えない職場で業務を遂行したいと思います。……チッ。
ラストダンジョン清掃班の朝は早い。最寄りのセーブポイントで一夜を明かした勇者とその仲間たちが、朝も早よから暗黒城下層地下迷宮より不法侵入するからだ。
魔王が居住する魔王軍主要施設である暗黒城へ、愚直にも正面突破を試みる勇者はさすがに少ない。自然の造形に紛れた洞窟状排水口から地下迷宮へとこっそり侵入するのが暗黒城攻略の流行りのルートだ。
だからこそ地下迷宮の警備は最重要案件であり、エリート正社員による拠点警護やワンダリングモンスターのルート巡回警備、そして即死性の高いトラップが其処彼処に仕掛けられているのだ。地下迷宮清掃班が早朝から駆り出されるのもむべなるかな。
それ故に、ラストダンジョンの掃除番である清掃班第三待機室の電話が朝一番に鳴り響いたとして、新入社員のソラリスは何ら慌てることなくやり過ごすのであった。
遠慮なしにけたたましく鳴る電話。チラリと電話機に一瞥くれるだけの新人ダークエルフ。容赦なく吠え立てる番犬のように鳴る電話。書類の四隅をきっちり揃えて山を作ることに集中する死霊班長。まだ鳴るか、聴く者の神経を逆撫でようと鳴り響く電話。動かない新人と動じない班長とをおろおろと見比べる頭部に山羊の大角を生やした男。
「出るよ? 出ちゃうよ? 出てもいいよな?」
おろおろし過ぎてついに根負けし、受話器を取って電話を黙らせた山羊角男。
「はい、こちらは清掃班第三待機室」
「はあーっ」
「……チッ」
死霊班長のスレイニルは深くため息を吐き、新人ダークエルフのソラリスは舌打ちを響かせた。
「あっ、はい。ええ、ええ。はい」
そんな二人の鋭い視線が黒衣の背中に突き刺さるのを感じながら、電話口の相手の言葉を一字一句メモに書き写す山羊角男。威厳のある丈の長い黒衣も丸められた背中のせいで妙に縮こまって見えてしまう。鋭利な視線を突き刺したくなる卑屈な背中だ。
「あっ、はい。了解です。すぐに行きま、いや、うむ。私の方で処理しよう。ご苦労」
山羊角男は急に背筋をぴんと伸ばし、厚みのない胸を張り、電話口で偉ぶってみせた。
「あっ、いや、その、こちらは副魔王でした。あっ、スイマセン。うむ、はい」
しかしそれも一瞬だけ。その黒衣の背中は速攻で卑屈に折り畳まれた。
「はい、お疲れ様ですー」
副魔王はちゃんと相手が電話を切るのを確認してから受話器を置いた。そしてそうっと班長と新人の気配を窺う。聞いていましたか? と、目で訴えかける。
さあ、仕事だ。今日もまた朝食も摂らずに清掃業務が始まる。どうせどこかの勇者様御一行が勢い勇んで侵入したもののオークエリートにあっさりぶち殺されたりしたのだろう。
スレイニルはすでに書き終えていた書類の山を手も触れずにデスクの隅へと追いやった。実体を持たない死霊ならではの念動力だ。音も立てずに椅子から立ち上がり、幽体であるのにも関わらず一分の隙もなく着こなした作業着の塵を一つ摘まみ取る。
「行きますよ。ソラリスさん、副魔王さん」
「あっ、はい。場所はセブンゲート近くの串刺しトラップだそうだ。人間、三体と半分」
「……チッ」
副魔王の報告にソラリスが甲高い舌打ちで返した。
「ソラリスさん、あの、あれだ。舌打ちは良くないぞ」
「私のことならソラリスちゃんとお呼びください。副魔王様」
清掃員用のピンク色したツナギ服の袖を捲り、濃い褐色の細い腕を副魔王へ突きつけるソラリスちゃん。
「しかも三体と半分って、結局人間何人分の死体処理をするんですか?」
「電話では、三体と半分くらいって言ってた」
「その半分が問題なの。上半身か下半身か。右半身か左半身か」
「そこまで情報いる?」
清掃業務経験の浅い副魔王にはわからないだろうが、それによって使用する清掃溶剤の量も変わってくる。ソラリスは副魔王にぐいと詰め寄った。
「そんなんだから電話なんて出なければいいんですよ。ただでさえ人員不足だってのに」
「でも、仕事だからしょうがないじゃないか。電話には出ようよ。そもそも暗黒城に侵入した勇者が悪いんだし」
大きな山羊の角がロッカーに引っかからないように器用に身体を斜めに傾けて掃除用具を取り出す副魔王。そんな威厳のカケラもない背中にソラリスはさらに死体蹴りのような言葉を浴びせかける。
「そもそも返しで何ですが、そもそもその侵入した勇者と鉢合わせて前任チームはみんな殉職しちゃったんじゃないですか。ろくに引き継ぎも出来ずに、さらに深刻な人手不足。だから副魔王様直々にラストダンジョンの掃除番の手伝いをする羽目になるんですよ」
「わかってるよ。人手不足に関しては俺も上の方に話をつけとくから。さあ、まずは仕事に取り掛かろう。ねえ、スレイニルくん。スレイニルくん?」
死霊のスレイニル班長はさっさと壁をすり抜けて現場へ向かってしまったようだ。副魔王が助け舟の出航を要請しようとその姿を探したが、もうこの場にいなかった。
「……チッ」
「そういうのやめようよ」
「そんなんだから副魔王のくせにラストダンジョンの掃除番なんかやらされるんですよ」
「けっこう傷付く台詞だからね、それって」
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