第13話 地下に潜む秘密 その1
「噂の地下通路、ほんとにあったんですね……」
放課後、ぼくはメルセと二人で学園の地下通路を歩いていた。
辺りは暗く、点々と非常魔術灯が点いているのみ。
「ここは一部の者しか存在を知らない秘密回廊だ。大昔、この学園が戦争に参加していた頃に使われていたものらしい。ちなみに、魂を吸う幽霊が出るという噂は、学園側が意図的に流したものだ。生徒が誤って近づかないようにな」
「なるほど、そんな設定だったんですね」
「設定?」
「あ、いえなんでも……」
それにしても、ぼくは物語の変わりように驚いていた。
展開が異なるだけではなく、未登場の場所にまで入ることができるなんて。
勿論、ぼく自身が本来の物語のオネスに相応しくない行動を取っている自覚はあるが、これから何が起きるかまったく予想がつかなかった。
「あの、それで、この先にはなにが……」
「この先には、巨大魔法陣の起動装置がある」
「巨大魔法陣?」
「そうだ。学園が他国からの侵攻を防ぐため、この地下のさらに下――大地の地脈を利用して、莫大な魔力を集めるためのな」
メルセは手元のランタンで道を照らしながら、淡々と答えた。
「もっとも、戦争がなくなって数百年経つ現在では、ここは使われていない。そのはずなのだが……最近、ここに誰かが出入りしている痕跡を見つけた。慎重に調査したところ、その何者かは一定の周期でこの地下の秘密回廊を訪れていると推測される。……そして、今日がその周期の五回目だ。私たちの目的は、その何者か誰か、それを調べることだ」
「な、何者かって……誰がそんな……」
「君はなにを言っているんだ。それを調べる、と言っているだろう」
「ああ、はい……」
ぼくはだいぶ動揺していた。
今までは、まだ自分が知っていた物語の展開だったからこそ落ち着いていられた部分があった。それがこうなっては、まさに物語の住人となにも変わりない。
「あの、でもどうしてそんな重大な仕事に、ぼくなんかを……」
「私はこの学園の全員を疑っている」
メルセは怜悧な眼差しのまま、正面をまっすぐ睨んでいた。
「だから、この話をしたのは君が初めてだ。君なら、大丈夫だと踏んだ」
「どうして?」
「人目を忍んで行動しようという輩が、生徒をテロリストたちから救ったり、仲間を全員合格にさせたり、学園を買収したり、そんな目立つ行動をするはずがないからな」
確かに。我ながら他人事のように納得してしまった。
狭い通路を抜け、開けた場所に出た。
その広間の中心には、巨大な結晶が台座の上に固定されていた。
だがその結晶は曇り、ところどころひび割れていた。かなりの年代ものらしい。
「この結晶が、巨大魔法陣の起動装置だ」
「はぁ……もう、ずっと使われてはいないんですね」
「そうだ。ゆえに、こんな場所に用がある人間は、私たちを除いているはずがない。にもかかわらず……だ」
メルセはランタンの光を、起動装置の裏側に向けた。
「なぜこんなところにいる? 予科生、シリン・シェイド」
彼女の言葉にぎょっとした直後、起動装置の裏から、小柄な人影が現れた。
「……どうしてでしょね、シリンも不思議です」
そこにいたのは、口元を長いマフラーで覆った銀髪の少女だった。
制服の柄がぼくらとは少し違った。
メルセの言葉通り、予科生だ。
マグナル魔術学園には、本科と予科が存在する。ぼくやルッカは本科の新入生だが、その下に存在する予科生は、まったくの素人が魔術師見習いとして本科の生徒になるまで学園に寄宿し、魔術の素養を習うことができる。
より若い頃から学園に所属して専門教育を受けている予科生は、最終的には優れた魔術師となって卒業していくことが少なくない。
シリン・シェイドも、そんな未来ある予科生のひとり。
そのはずだが――
「質問に答える気はない、ということか」
「ふふっ、そんな怖い顔しないでくださいよ。まるで、シリンがとっても悪い子みたいじゃないですか」
シリンはマフラーで口元を隠したまま、目を細めた。
年齢はぼくよりも年下だが、大人びた雰囲気がある。
ぼくはシリンのことを知っていた。
シリンは――このウィザアカに出てくる、敵キャラのひとりだ。
学園に潜入していた敵国のスパイ。
それがシリンの正体だ。
だが、本来はこんな地下の秘密回廊で出会う展開ではなかった。
勿論、出会う相手もオネスではなく主人公のロイドだったはずだ。
「すみません、先輩方。まさかこんな場所で見つかるとは思っていませんでした」
「いったい、なにを謝っている?」
「だって、先輩方にはとても急な話だと思うんですけど……」
シリンはくすくすと笑みをこぼしながら、ぼくたちに近づいた。
「この場で消えてもらいます」
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