第8話 波乱の入学式 その2

 ぼくが買った【ジャイアント・スカイマンタ】は、無事に全員を学園まで運んでくれた。


 乗り終わったあと、グリフォンと同様にマンタを野に放してあげることにした。

 どこかへと飛び去っていくマンタに手を振って別れを告げるぼくらを、引率の教師は渋い顔をして見ていた。

 だが、どんな手段を使ってもいいと条件を出したのは彼らだ。

 実際、文句を言ってくることはなかった。


 大広間前の大階段を登ったところで、べつの教師が待ち構えていた。

 学年主任だ。

 彼女は眼鏡越しに、ぼくたち新入生を厳しい眼差しで見渡した。


「みなさん、マグナル魔術学園にようこそ。早速ですが、入学式の前に、クラス分けを行います」


 早速来た。ルッカたちがどきりと顔をこわばらせる。


「我が学園に、クラスは五つ存在します。【アレイスタ】、【トリスメギストス】、【ヴォルフ】、【メディア】……そして、【ゲットー】です」


 ウィザアカのお決まりの説明に、ぼくは改めてその五つについて思い浮かべた。


 【アレイスタ】……『名誉』を重んじるクラス。寮の紋章は剣。

 【トリスメギストス】……『論理』を重んじるクラス。寮の紋章は天秤。

 【ヴォルフ】……『自立』を重んじるクラス。寮の紋章は狼。

 【メディア】……『知』を重んじるクラス。寮の紋章は月。


 そして、最後のひとつが……。


「もっとも、由緒正しき家柄の皆さんであれば、【ゲットー】クラスとは無縁のことでしょうけど」


 学年主任は高飛車に言った。


 【ゲットー】……『無』を重んじるクラス。寮の紋章は存在しない。


 最後のそこがどんなクラスか、ぼくはよく知っていた。

 

 主人公であるロイドや、ルッカが入ることになる、落ちこぼれクラス。

 寮の部屋の質や、利用できる魔術道具にも他のクラスとは格差がある。

 ゲットーの生徒は他の生徒からは馬鹿にされ、疎ましい扱いを受ける。


 だがその後、主人公ロイドの活躍で、落ちこぼれクラスは頭角を現わす。

 そして自分たちを見下していた周囲を爽快に見返してやるのだが……それはストーリー的にだいぶ先の話だ。


「ゲットーはやだゲットーはやだゲットーはやだ……」


 ルッカが早くも目を閉じて祈り、呟いている。

 だが残念ながら、ルッカはゲットー行きだろう。

 

 ぼくはそれを伝える勇気がないまま、大広間へと入っていった。


 *


 大きなとんがり帽子をかぶった白髭の学園長が、集まった新入生の名前をひとりずつ読み上げ、そしてクラスを通告していた。

 ルッカは緊張した様子で、自分の番を待っていた。


「ねぇ……オネス君はどこに入りたい?」


 ふと、彼女が小声で聞いてきた。


「ぼくは……まあ、どこでも」


「ほんとに? そっか……オネス君はすごいもんね。わたしなんかとはちがって……」


「いや、そんなことは……」


 本当は、ルッカやロイドと一緒になりたかった。

 けれど、ぼくはそうならないことを知っていた。

 なぜならオネスはリバーボーン家から、「寄付金」とい名目の莫大な金を積まれており、最優秀とされる【アレイスタ】への配属が最初から決まっていたからだ。


「わたし、やっぱり【ゲットー】かな」


「え……」


 ルッカの言葉に、ぼくは驚いた。

 彼女は弱々しい笑みを浮かべている。


「わたしなんて、全然由緒ある家柄の子じゃないもんね。仕方ないけど……できれば、オネス君とも一緒のクラスになりたかったな……なんて」


「ルッカ……」


 ぼくは知らなかった。

 ルッカが、この場面で、そんな覚悟をしていたなんて。


「オネス・リバーボーン! クラスは、【アレイスタ】」


 拍手が起こる。

 ぼくの知っているウィザアカの展開通り、やはり【アレイスタ】だ。


 こうして、オネスはエリートクラスという立場からロイドたちを見下すキャラとして描かれていく。

 物語としては、それで正しい。


 複雑だった。

 ぼくの大好きなウィザアカの物語。何度も見た場面。

 だからそれを否定することは、自分の好きなものを否定することになる。

 受け入れるのが正しい。そんな気がした。


「ロイド・アーサー! クラスは、【ゲットー】」


 ロイドが精悍な顔で頷いた。

 困難に立ち向かう勇気と覚悟を備えた、まさに主人公の面構えだ。


「ルッカ・ウィザリィ! クラスは……【ゲットー】」


 小さなため息が耳朶を打った。


「オネス君、おめでとう」


 ルッカは落ち込みを笑顔で覆い隠し、ぼくを祝福してくれる。

 またしても、胸が針に刺されたように痛んだ。


「ルッカ……【ゲットー】の環境は……」


「うん、なんとなく覚悟はしてる。でも、大丈夫。自分でなんとかしなきゃ」


 これからロイドとともに、ルッカは厳しい学園生活を送っていく。

 確かに、ルッカは気丈な子だ。努力家で、自分とはちがって魔術の才能もある。

 ロイドが一緒にいれば、大丈夫だろう。

 けど……。


 やがて、全員の名前とクラスが読み終わり、会場は盛大な拍手に包まれた。


「さて、それでは新たなる我が子たちの入学を祝福し、ここに祝杯を――」


「――待ってください」


 途端、大広間が静まり返った。


 ぼくの一言によるものだった。

 その場の全員が、突然声を上げたぼくを見つめていた。


「なにかな?」


「ぼくを……ぼくを、【ゲットー】に入れてください」


 さらに大きなどよめきが起こった。

 ルッカやロイドも目を点にしてぼくを見つめている。

 学園主任が、慌てた様子でぼくを咎めた。


「な、なにを言っているのですか? あなたは、【アレイスタ】ですよ」


「ぼくは、【ゲットー】に入りたいんです。いけませんか?」


「い、いけないに決まっているでしょう。オネス・リバーボーン。あなたのような貴族の子が【ゲットー】なんてクラスに……。それに、これは学園長の決定です」


 とんがり帽子を被った白髭の老人――

 この魔術学園の学園長が悠然と鎮座している。

 あの帽子は学園長の立場と権力を表す象徴だ。


「それは、絶対ですか?」


「勿論です。学園長の決定は、誰にも覆せません」


「そうですか……わかりました」


 ぼくの返答に、学年主任の顔に安堵が浮かぶ。

 だが、ぼくは次になにを言うか、最初から心に決めていた。



「では、ぼくがこの学園を買収します」



「………………はい?」


 ぼくはショップから、【組織】を選択。

 その中に、【マグナル魔術学園】を見つけた。

 その値段を確認し、ほっとする。


 よかった。

 なら、なにも問題ない



 【マグナル魔術学園】×1

 

  合計:1,000,000,000,000,000ゴルド


  ▼以上の商品を購入しました。またのご利用をお待ちしております。



 次の瞬間、学園長が被っていたとんがり帽子が、突然浮かび上がる。

 その頭を離れた帽子は宙を飛行し、ゆっくりとぼくの頭へと降り立った。


「たったいまから、ぼくが学園長です。じゃあ早速……学園長権限によって、オネス・リバーボーンは、【ゲットー】クラスに配属します」


 だれもが唖然として、ぼくを見ていた。

 こんな大胆な行動をしているぼくは、当然、内心は穏やかではなかった。

 額には冷や汗が浮かび、心臓は爆発しそうに高鳴り、足だって震えていた。

 それでも、ぼくは自分の気持ちを裏切れなかった。


 なぜならここは、大好きなウィザアカの世界。

 だからこそ、本音で生きたかった。


 こうしてぼくは入学初日から、学園の学園長に就任したのだった。



 自分の知っているウィザアカの物語が変わっていくことを覚悟しながら。

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